水曜日は図書室で
 快の気持ち。
 痛いほど伝わってきた。
 美久にはやはり実感としてはわからない。
 けれど、大切なものを失ってしまって、でもカケラだけは手元に残っている。そういう状態なのだろうな、と想像することはできた。
 まるっきり失ってしまうより、それはやっかいかもしれなかった。
「だから図書室に通って、バスケの次に好きな本でも読んで、気晴らしでもしようと思ってた」
 それは快が図書室にいた理由だった。
 魔法学校の本が置いてある、棚の前。初めて会ったあのとき、快がいたのはそういう理由だったのだ。
「こういう事情だ。話さなくて悪った」
 快はこちらを見て、ちょっと頭を下げた。そんなふうに謝ることはないのに。美久は迷惑をこうむったわけでもないのに。
 美久はしばらくだまってしまった。
 どう言ったらいいのかわからなかったのだ。
 快の抱いているつらい気持ちとか、自分で言ったような『もんもんとするような』気持ち。
 わかるよ、なんて言えない。自分はそういう経験をしたことがないのだから。そんな半端ななぐさめのようなことは言いたくない。
 でもなにか言わないと。
 考えて、出てきたのは、つまらない言葉だった。
「つらかった……ん、だね」
 言ってから後悔した。なにを、そんなこと快が一番わかっているじゃないか。
 美久の心臓が冷えた。もっと快を理解したり励ましたりするようなことを言うべきだったのに。こんなことしか出てこなかったなんて。
 しかし。
「……ありがとう。そう、だな」
 快の声が震えた。ぎゅっとこぶしが握られる。まるで泣きたいのを我慢しているような様子と声だった。
 もしかして、悪くはなかったのでは、ないか。
 美久はつまらない、と思ってしまった言葉が間違いなどではなかったことを感じた。
 そうだ、理解することはできない。
 でもその痛みに寄り添うことならできる。
 口から出てしまったこと。快にこういう反応をされてやっとわかった。
 美久はごくっと唾を飲む気持ちでおなかに力を込めた。
 言うべきこと。今度はわかって言葉に出す。
「話してくれて、ありがとう」
 快がこちらを見た。今はほほえんでいなかった。
「快くんの、深いところにあることでしょう。話してもらえて、とても嬉しい」
 自分の気持ち。それを伝えたい。
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