水曜日は図書室で
 快はしばらく無表情だった。
 けれど目じりが下がった。泣き出しそうな顔になる。
 泣かなかったけれど。
 泣き出しそうな顔で、それでも笑う。頷いてくれた。
「そう言ってくれると、俺も嬉しいな」
 美久はちょっとためらった。
 でも、今は自分が動くべきときだ。
 そう、ここまで自分に勇気をくれて、前に連れてきてくれた快に、今度は自分から。
 そっと手を伸ばした。
 快の手に触れる。
 快が目を丸くして美久を見た。
 こんなことをするのは初めてなのだから、心臓はばくばくしていた。
 けれど、こうしたい。
 快のため、という以上に、自分がこう動きたいのだ。
「私、快くんのバスケについてのことなんてわかってないと思う。それに、快くんが感じているつらい思いだって、想像することはできても本当にはわかってないと思う」
 自分で言ったそのことは、自分で心が痛むことだったけれど。
 それで終わらせやしない。

「でも、私。快くんのそばにいるよ。快くんを独りにしないことはできるから」

 恥ずかしかった。それにためらった。大口をたたくようなことだから。
 でも今、言うべきときだから。
 ぎゅっと、快の大きな手を上から包んで力を込める。
 快の手はごつごつとしていた。いつも美久の手を優しく握ってくれる手。
 今は、自分から。
 美久の決意は言葉とその手から伝わってくれたのだろう。
 快の顔が歪んだ。また泣き出しそうな顔になる。
 でもやはり快は泣くことはなかった。
 美久の手をそっと外した。
 嫌だったかな、とちょっとひやっとした美久だったけれど、それは違ったようだ。
 快は腕を伸ばした。美久の肩に回す。そっと引き寄せてくれた。
 美久はちょっとおどろいたけれど、そのままでいた。
 快に抱きしめられる。優しいけれど、確かな力で。
「ありがとう。それが一番、嬉しいことだよ」
 快の声はちょっと震えているようにも聞こえた。
 けれど、涙ではない。
 その中に強さが確かにある。
「まだ、どうしたらいいかなんてわからないんだ。情けないけど」
 美久を抱きしめたまま、快はぽつぽつと話していった。話は多分これで最後、昨日あった出来事のことだ。
「バスケ部のやつらと話してるうちに転部したらどうかなんて話が出て……触られたくないとこに触れられた、っていうかな。そういうふうに感じちまって。それであんなふうになっちまった。みっともない」
 快の気持ちは本当にはわからない。でもわかる部分もある。
「そんなこと、ないよ。誰だって言われたくないこと、あるよ」
 それなら自分はその『わかる部分』に共感して寄り添っていたい。
「そう、か……ありがとう」
 美久はそっと手を持ち上げた。快の背中に触れる。
 そこもやはりがっしりとしていた。
 初めて触れた、と思う。今までは恥ずかしくて背中に腕なんて回せなかったのだ。
 でも今はしっかり触れ合っていたい。

 独りにしない。

 自分でそう言った。
 そしてそう伝えるのには、今、しっかりと体も触れ合っていることが大切だと思ったのだ。
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