水曜日は図書室で
「コンテスト、やっぱり落ちちゃった。でも、作品にコメントをもらえたの。選評……っていうんだって」
「選評……!?」
 快の目が、もう何回目かわからないほど丸くなる。
 そこにはこう書いてあった。

 『飾らない文体が素直で好感が持てます。
  具体的なエピソードがより目立つように、ほかを控えめにすると良いでしょう』

 それだけ。たった二文。
 でも美久にとって、自分の書いたものをこんなふうに、おおやけの場でほめられたことなんて初めてだったのだ。嬉しくてならなかった。数日前、文芸部で発表されて先生からその紙を受け取ったときには、夢ではないかと思ったくらいだ。
「……すげぇ」
 快の視線はそれを最後まで追い、最初へ戻り、また辿っていった。
 その視線は自分を見られているようで、くすぐったい。
 誇らしい評価。快に見てもらえて、おまけにすごいと評してもらえたら。
「すごいじゃん! 頑張ったんだな」
「う、……うん。がんば、った」
 手放しで評価されて、美久は違う意味でもじもじとしてしまう。
 嬉しすぎて心臓が熱くてとまってしまいそうだ。
 頑張って書いてよかったと思う。努力が報われたのもそうだし、快に恥じない自分になれたとも思う。
「読むのがますます楽しみだ」
 改めて言われてしまって、またくすぐったさが増えてしまう。
「ひ、一人で読んでね!?」
「当たり前だろ。ほかのひとに見せるなんてもったいない」
 そんなやりとりをしたあとに、ふっと笑ってしまった。自分も、快も。
「ありがとう。見せてくれただけじゃない。こんな立派な形にしてくれて」
 快の手が、閉じた『本』の表紙をなぞった。優しい手つきで。
「俺、前に言ったよな。デートに行ったときだけど、『なにか記念になるものが欲しい』って」
 美久はすぐに頷く。
 もちろん覚えていた。
「うん」
 どきどきしてくる。快もあれを覚えていてくれたのだし、それにこの口ぶりでは。
「すごいもの、もらっちまったな。記念どころじゃない」
 どきんと心臓が高鳴ったけれど、それは嬉しさにだ。快がくれた評価にだ。
「記念になるようなものに、できたかな」
 どきどきとする胸を抱えつつ言ったけれど、快ははっきり言った。
「できてるどころじゃないよ。最高のものだ」
「……ありがとう」
 もはや泣き笑いしたい気持ちを美久は感じる。こんなよろこびを感じたのは初めてかもしれなかった。
「私が頑張ってきたことだから……これで、快くんに少しでも分けられたらって思って」
 でも美久は笑った。花のこぼれるような笑みになっただろう。
 気持ちは伝わったはずだ。快が頷いてくれたから。
「ああ。……勇気、分けてもらったな」
 再び本に視線を落として、軽く撫でる。そうしてから、不意に美久に向き直った。
「美久」
 その声は落ちついていて、でもなぜか、どこか固くて。
 美久は不思議に思った。
 けれど、直後わかってしまう。かっと頭の中が一瞬で煮え立った。
 快の手が静かに美久に触れる。やわらかな頬へ。
 優しく包み込まれて、なでられた。
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