水曜日は図書室で
助けてくれた彼と
「落ちついた?」
噴水の近く、ベンチ。隣に座っている彼に言われて、美久はこくりと頷いた。
手にはホットの紅茶のペットボトルがある。手で包めば優しいあたたかさが伝わってきた。
あれから彼は、駅前の噴水、ここのベンチへ美久を連れてきてくれて、座らせた。 そして「ちょっと待っててな」とどこかへ行ってしまった。
どこへ行ってしまうんだろう。まだ混乱でぼうっとしていた美久だったけれど、彼が行ってしまったのはそう遠くではなかった。少し先にある自販機だ。
なにか買っているらしい。
そして一分ほどで戻ってきてくれた。手には小さなペットボトルが二本ある。
「紅茶、好きか?」
美久は驚いた。助けてもらったうえに、こんなふうにしてもらえるなど。また目を丸くしてしまっただろうに、彼はにこっと笑ってくれた。
「飲むと落ちつくぜ」
そのお言葉に甘えて、美久はごくっと唾を飲んだ。
言うべきことを、やっと言う。
「あ、ありがとう……ござい、ます」
言うのは緊張したけれど、今のものは恐ろしさとかそういうものからではない。
だから言えた、という実感には安心しかなかった。
それでありがたくお茶をいただいて、ベンチで彼と飲んでいたのだ。
「びっくりしたよな。無礼なやつもいるもんだ」
自分でもお茶を飲みながら、彼は言った。ちょっと怒ったような口調だった。
確かにあの男は無礼だった。店で女の子に声をかけるなんて。
「……うん」
美久はもらったペットボトルをぎゅっと握った。
本当に、もう大丈夫なのだと実感できて。
あったかい紅茶と、隣にいるひとと、そして優しい言葉。すべてから安心が湧いてくる。
「あの、あ、ありがとうございます……た、助けてくれた、んですよね?」
それでも男子と話すのは慣れていない。美久の言葉はとぎれとぎれになってしまった。
けれど彼はなにも気にした様子もなく、「ああ」と言ってくれる。
「困ってるみたいだったから……あのとき図書室で会った子だ、ってわかったし」
覚えていてくれたのだ。あんなささいな、数秒だけのやりとりを。
「それに、ちょっと前の合同体育でも一緒だったよな」
次に言われたことにはびっくりしてしまったけれど。
合同体育。
彼が華麗なプレイを見せたバスケのレクリエーションだ。
でも自分はすみっこでうろうろとしていて、そのあとだって静かに見ていただけだったのだ。そんな様子を見られていたのはむしろ恥ずかしい、と思ってしまった。
「そ、そう、ですね。C組かD組のひと、ですよね」
「ああ。……ああ、今更ながら名前も言ってなかったな、ごめん。俺は2年D組の、久保田 快(くぼた かい)っていう」
美久の言葉に彼、快は自分から名乗ってくれた。美久はそれに慌ててしまう。本当なら自分から自己紹介するべきだったのに。
「あっ、ご、ごめんなさい、わたし……A組の綾織 美久、っていいます」
「謝ることなもんか。綾織さん、名前は知ってたよ」
なのに彼はやっぱりにこっと笑ってくれたのだった。
でもそれは謎の言葉で。美久が不思議そうな顔をしたのがわかったのだろう。続けてくれた。
「いや、たまに友達に会いにA組を訪ねることがあったからな」
ああ、なるほど。訪ねてきていたなら、そのとき美久が友達に呼ばれたりとか、そういうことで名字くらいは知る機会があっただろう。美久は納得した。
そのあとちょっと反省してしまったけれど。
快、という名の彼のこと。クラスに訪ねてきていたなんて知らなかった。どれだけ周りのことを見ていなかったというのか。
こんなこと、良くないのかもしれない。美久は違う意味で自己嫌悪を覚えてしまう。
けれど彼はやっぱり気にした様子もないのだった。
「だから1ミリくらいは知り合いかなって思って」
細い目を優しくして、彼は言ってくれた。
助けてもらって、動揺した自分を落ちつかせてくれて、おまけに名前まで覚えていてくれた。
美久の胸は違う意味にどきどきとしてしまう。
噴水の近く、ベンチ。隣に座っている彼に言われて、美久はこくりと頷いた。
手にはホットの紅茶のペットボトルがある。手で包めば優しいあたたかさが伝わってきた。
あれから彼は、駅前の噴水、ここのベンチへ美久を連れてきてくれて、座らせた。 そして「ちょっと待っててな」とどこかへ行ってしまった。
どこへ行ってしまうんだろう。まだ混乱でぼうっとしていた美久だったけれど、彼が行ってしまったのはそう遠くではなかった。少し先にある自販機だ。
なにか買っているらしい。
そして一分ほどで戻ってきてくれた。手には小さなペットボトルが二本ある。
「紅茶、好きか?」
美久は驚いた。助けてもらったうえに、こんなふうにしてもらえるなど。また目を丸くしてしまっただろうに、彼はにこっと笑ってくれた。
「飲むと落ちつくぜ」
そのお言葉に甘えて、美久はごくっと唾を飲んだ。
言うべきことを、やっと言う。
「あ、ありがとう……ござい、ます」
言うのは緊張したけれど、今のものは恐ろしさとかそういうものからではない。
だから言えた、という実感には安心しかなかった。
それでありがたくお茶をいただいて、ベンチで彼と飲んでいたのだ。
「びっくりしたよな。無礼なやつもいるもんだ」
自分でもお茶を飲みながら、彼は言った。ちょっと怒ったような口調だった。
確かにあの男は無礼だった。店で女の子に声をかけるなんて。
「……うん」
美久はもらったペットボトルをぎゅっと握った。
本当に、もう大丈夫なのだと実感できて。
あったかい紅茶と、隣にいるひとと、そして優しい言葉。すべてから安心が湧いてくる。
「あの、あ、ありがとうございます……た、助けてくれた、んですよね?」
それでも男子と話すのは慣れていない。美久の言葉はとぎれとぎれになってしまった。
けれど彼はなにも気にした様子もなく、「ああ」と言ってくれる。
「困ってるみたいだったから……あのとき図書室で会った子だ、ってわかったし」
覚えていてくれたのだ。あんなささいな、数秒だけのやりとりを。
「それに、ちょっと前の合同体育でも一緒だったよな」
次に言われたことにはびっくりしてしまったけれど。
合同体育。
彼が華麗なプレイを見せたバスケのレクリエーションだ。
でも自分はすみっこでうろうろとしていて、そのあとだって静かに見ていただけだったのだ。そんな様子を見られていたのはむしろ恥ずかしい、と思ってしまった。
「そ、そう、ですね。C組かD組のひと、ですよね」
「ああ。……ああ、今更ながら名前も言ってなかったな、ごめん。俺は2年D組の、久保田 快(くぼた かい)っていう」
美久の言葉に彼、快は自分から名乗ってくれた。美久はそれに慌ててしまう。本当なら自分から自己紹介するべきだったのに。
「あっ、ご、ごめんなさい、わたし……A組の綾織 美久、っていいます」
「謝ることなもんか。綾織さん、名前は知ってたよ」
なのに彼はやっぱりにこっと笑ってくれたのだった。
でもそれは謎の言葉で。美久が不思議そうな顔をしたのがわかったのだろう。続けてくれた。
「いや、たまに友達に会いにA組を訪ねることがあったからな」
ああ、なるほど。訪ねてきていたなら、そのとき美久が友達に呼ばれたりとか、そういうことで名字くらいは知る機会があっただろう。美久は納得した。
そのあとちょっと反省してしまったけれど。
快、という名の彼のこと。クラスに訪ねてきていたなんて知らなかった。どれだけ周りのことを見ていなかったというのか。
こんなこと、良くないのかもしれない。美久は違う意味で自己嫌悪を覚えてしまう。
けれど彼はやっぱり気にした様子もないのだった。
「だから1ミリくらいは知り合いかなって思って」
細い目を優しくして、彼は言ってくれた。
助けてもらって、動揺した自分を落ちつかせてくれて、おまけに名前まで覚えていてくれた。
美久の胸は違う意味にどきどきとしてしまう。