水曜日は図書室で
「新刊とか見に来たのか?」
 ここまでくる頃には、比較的普通に近くしゃべれるようになっていた美久は「ううん」と首を振る。
「図書室で借りた本がおもしろかったから、文庫でいいからほしいかな、って思ったの」
 自分のことも言えるようになった。それは快のしゃべり方がうまいから、かもしれなかった。
 相手がまだあまり親しくないひとでも、おまけに男子でも、気にさせてこないような気やすさがある。
「文庫か。じゃ、上の階だな」
 そう言って、快は階段へ向かっていく。蔓屋は三階までなので、階段しかないのだ。
 
 え、でも久保田くんは自分で見たいのがあるだろうに。

 思った美久だったけれど、それはまだ言葉にならなかった。なので、いきなり自分の買い物に付き合ってもらうのは悪いと思いつつも、それについていくしかなかったのである。
 一階はコミックスとライトノベルで、二階はハードカバーの本と専門書で、三階は文庫本と参考書など。
 三階まであがって、「どういうジャンル?」と聞かれるので美久は「海外文学だよ」と答えておく。
「じゃあこっちだな」
 二人で向かった、海外文学の文庫本コーナー。
 目当ての本は、新作ではないが人気のある作品なのだ。そこそこ目立つところへ置いてあった。
「あ、これかな」
 美久はお目当てのものが見つかって、ほっとした。早速一巻を手に取った。
 しかし予想外だ。もっと薄いかと思っていたのに、ちょっと重たいくらいに厚みがある。
 それはそうか、ハードカバーの状態ですでに厚いのだから。
 思って美久はぱらぱらとめくっていった。当たり前だが内容に違いはない。
 ただ、巻末に解説が載っているようだ。
 これはおもしろそう。
 美久の興味を惹いた。
 本についての解説を読むのも、作品に対する理解が深まるから。
「それ、俺も前に借りたなぁ」
 美久の手にしていたものを見て、快が言った。
 そういえば、快と初めて会ったときはこの本のコーナーだったわけだ。つまり、快もそこで手に取ったのだろう。
「面白いよな、それ。俺はまだ二巻までしか読んでないんだけど」
「うん、私もまだ四巻までしか……でもすごく文章がうまいし、それだけじゃなくて、興味を惹くように書いてあるっていうか……」
 本の話なのだ。美久はいつのまにか普通に話せるようになっていた。友達と話すくらいには言葉が出てくる。
 それに快が目を細めたのには気付かなかった、けれど。
「綾織さんも、一巻から図書室で借りたの?」
 それは普通の質問だったので、美久は頷いた。「そうだよ」と。
 しかし快はちょっと言葉を切った。
「……そうなのか。じゃ、もしかしてあれ……」
 次に言われたことは、独り言のようだった。
 美久はちょっと不思議に思った。なんだろう。あれ、とは。
 でもその言葉はすぐに次の話題にチェンジされてしまった。
「文庫でも全巻出てるんだな」
 聞くタイミングを逃してしまったことくらい、美久にもわかった。
 けれど突っ込んで聞くのも立ち入ったことかもしれない。美久はやめておくことにして、ずらっと七巻まで並んだ文庫に視線を戻した。
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