水曜日は図書室で
「ここ、好きなんだ。普段地味な親友がさ、ヒロインを助けるだろ」
 それは主人公の親友の男の子であった。華やかに活躍する主人公に比べたら、彼は確かに地味なのである。そういう設定でもあるし、話の中でもどちらかというと裏方に回っている描写が多い。
 なのに、二巻のラストシーンではピンチに陥ったヒロインを体を張って助けるのだった。それは文字だけであるのに、とても格好良い姿なのだろうと思わされた。
「ヒロインは主人公のことが好きなのにさ、自分のことは恋してもらえてないのに、それでも動けるのはすげぇカッコいいよ」
 そう、主人公と親友はある意味、恋のライバルなのだ。そしてヒロインは主人公のほうに想いを寄せている、と。恋人同士ではないのだけど。
 快の言う通り、それは損得で考えているのではなく、ヒロインのことが本当に好きだから動けたのだろう。それは男らしく、でもなかなかできないことだと思う。
「うん、すごくカッコいいよね。こういうことができるひとってすごく素敵」
 言ってから気付いた。
 快と恋の話をしていることに。
 意識した瞬間、まだ胸が騒いだ。

 違うから、これは本の好きなところを話しているだけだから。

 自分に言い聞かせるしかなかった。実際その通りなのだし。
「俺もこういう男になれたらいいのになぁ」
 ふと、快が言った。それはどこか悲しそう……寂しそう? そんな感情がにじんでいる気がして。美久はつい彼のほうを見てしまった。
 快の表情はやはり言葉と声と同じような、ちょっと憂いを帯びたようなもので。美久にその理由はわからない。
 でもなんだか美久まで悲しくなってしまった。
 そんなことはないのに。快はとてもカッコいいひとだ。それは外見がではなく。
 だって、この親友と同じことをしてくれたことがあるではないか。
 前に本屋さんに行った日。
 快はヘンな男に絡まれていた美久を助けてくれたのだ。
 放っておいても快にはなんの関係もなかったのに。それでも、わざわざ。
 それはとてもカッコいいことではないか。だから、快だって『こういう男』と表現するに値するほど勇気があって優しいひとなのだ。
 それを話すか、ためらった。
 こんなことを言うのは恥ずかしい。
 でも、快にこんな顔をしてほしくなくて。

 どうしよう、言おうか。

 言っても悪くないと思う。
 ただ恥ずかしいだけだ。
 美久が葛藤しているうちに、快の話題は次へと進んでしまった。
「でもこのフラグは結構前からあったんだよな。真ん中あたりかな。えーと……どこだろ」
 言いながら、本をめくっていく。律儀に美久に「見ていいか」とことわってからである。そういうところもていねいなのであった。
 しかし、言っていいタイミングは完全に逃してしまった。
 美久は歯がみしたい思いを感じる。
 勇気がないのは自分ではないか。快の感じていただろう『負の気持ち』。それを少しでも軽くしてあげることができたかもしれないのに。自分はそれができなかった。 情けないことだ。
「そういえばさ」
 ふと、快が言った。美久は本から顔をあげる。
 快の顔を見ると、しかもこんなに近くで見るとどきどきしてしまうのは仕方がないと思いつつ。
「綾織さん、前にメモ、忘れなかったか?」
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