水曜日は図書室で
「あれ? 桐生さん? それに……」
 立っていたのはあかりとその何人かの友達。たまたま出くわしたのだと思ったのは数秒のことだった。
 美久はわかってしまう。これは自分を待っていた……というか、待ち伏せのようにされていたのだと。
 そこから理解した。あの子が「先生は体育館前で待ってる」と言ったのも嘘だったのだろう。
 美久を職員室からこちらへこさせるための、罠だったのだ。
 そして待ち伏せのようなことをされた理由。
 あかりに「ちょっと時間ある?」と聞かれたことでそれも理解した。
 時間ある、なんて聞いてきた割にはそれはほぼ強制だった。「こっち」と促されてしまう。美久はそれに従うしかなかった。
 急に心臓が冷えてきた。なにをされるのだろうか。
 暴言を吐かれるのかもしれない。殴られたりするのかもしれない。
 そんなことに縁などなかった美久はなにが起こるかもわからずに、おろおろするしかなかった。
 ただ、はっきりと恐ろしさが這い上がってくる。
 あかりとその友達数人によって、体育館脇まで連れられてしまった。こんなところ、普段は誰も通りかからない。余計に恐ろしくなってしまう。
 そこであかりは、じっと美久を見つめた。美久は踏みとどまったものの、内心は数歩後ずさったような気持ちを感じていた。
 美久がびくびくしているのを感じたのだろう。あかりは余裕ありげな様子で、でも冷たい声で言った。
「綾織さん。快に近付かないでくれる?」
 思った通りのことだった。最初に快と街中で過ごして、帰りの駅であかりにでくわしてから。
 事あるごとにおもしろくないような視線を寄越されていた。
 その理由がこれというわけである。
「ち、近付く……なんて」
 美久はやっと口を開いた。でも声は震えた。今のものは純粋な恐ろしさからだ。こんなふうに囲まれて問い詰めるように言われて、怖くないはずがない。
「話しかけたり髪型変えたりさぁ」
「あからさまなのよ」
 周りの子が口々に言った。それは確かにその通りだった。
 近付いている、なんて嫌な言葉で言われるいわれはないけれど、話しているのも、髪型を変えたのも、それは事実だ。
 でもあからさま、なんて。そう思われているということは。
「きれいになれば久保田くんも振り向いてくれる、って期待してるわけ?」
 一人の子が言って、それは美久の頬を赤く染めさせた。
 振り向いてくれる、なんて。もちろん、恋愛的な意味であるに決まっているだろう。
 好きだとか、恋をしているだとか、まだ美久の中でははっきりしていなかった。
 けれど気になっているのは確かだったのだ。だからすぐ「違う」とも言えない。
 美久の反応で、とりあえず快に好意を持っているのは知られたのだろう。あかりはじめ、その場の子たちが鬼の首を取ったようになる。
「そんなわけないじゃん。快は見た目をちょっと変えたくらいで釣られるような男じゃないって」
 あかりのあとに、ほかの子も追撃してくる。
「それに、髪型変えてコンタクトつけたくらいじゃ、顔は変わらないしね」
「やだー、言いすぎだよ」
< 57 / 120 >

この作品をシェア

pagetop