水曜日は図書室で
 悪口まで言われて、美久の心に今度は怒りが生まれた。もう一人の子がそう言ったけれど、明らかにフォローではなかったことも手伝って。
 おもしろがっているのだ。この状況を。
 顔立ちのことなんて言われる筋合いはない。
 以前の美久だったら怯えて「ごめんなさい」と謝ってしまっていたかもしれない。
 でも今の美久は違う。
 ひとはすぐにそんなに変われるはずはない。恐れて、謝って済ませてしまいたい気持ち、今の美久の中にもたっぷりあった。
 でももう一歩、二歩。確かに進んだのだ。ここで「ごめんなさい」なんて言ったら後戻りだ。
 だから口を開いた。
 「ごめんなさい」ではない言葉を言う。
 声はやっぱり震えてしまったけれど。
「き、桐生さんは……久保田くんと、付き合ってる、の?」
 もしそうであれば、美久の返事は決まっていた。
 「邪魔をしてごめんなさい」だ。付き合っているのなら、確かに快に近付くのは良くないことだろうから。
 友達付き合いが悪いとは思わないけれど、それは彼女である子には失礼だから。
「幼馴染みよ。昔から知ってるの」
 でもあかりの答えは違っていた。付き合ってはいないのだ。
 ただ、美久はわかった。
 あかりは快のことが好きなのだ。そしてそれはきっととても深い想いなのだろう。
 片想いをしている相手の近くにほかの女の子がいるようになれば、おもしろく思わなくて当然。
 その気持ちは美久にもわかる。
 ただ……それなら美久に文句をつける理由にはならないだろう。
「でも今の快は誰かと付き合ったりしてる余裕はないの」
 なのにあかりは続けた。もっともらしく聞こえる理由を。
 それで美久が『あかりの片想いを優先させて、身を引く』と思ったのだろう。美久が引っ込み思案でおとなしい性格なくらい、もう同じクラスで長いのだからよく知られているし。
 でもやっぱり。

 ここで理不尽に負けたくない。

 美久は思った。
 見た目を変えたこと。
 それは美久に勇気をくれることだった。
 こんなことを言えば、恐れていたようにいじめられたり、殴られたりするかもしれない。
 それでも、美久がためらったのは数秒だった。震えるくちびるを動かす。
 心臓は冷えていたけれど、ここで逃げてしまったら後悔する。その確信が、美久を奮い立たせた。
「それは……」
 絞り出した。あかりがちょっと眉を寄せる。
 その瞳を見つめた。
 もう、クリアに見えるようになった視界で。
 まだ声は震えていたけれど、美久は言い放った。

「それは桐生さんじゃなくて、久保田くんが決めることだと思う!」
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