水曜日は図書室で
「美久! いるんだね!? 無事!?」
 外の留依の声が、ちょっとだけほっとしたというような声音になった。
 でも美久の口から言葉は出てこなかった。あまりに急展開過ぎて。
 代わりに留依に応じたのは快だった。
「渚さん! 俺だ、D組の久保田だ。綾織さんと一緒だ」
 声をあげて留依に答える。留依の声がひっくり返った。
「久保田くん!?」
「ああ。大丈夫だ、綾織さんも無事だ。でも早くここから」
 しっかりした声で言った快に、すぐに声が聞こえた。
「う、うん! 今、鍵をもらってくるね!」
 それからすぐ、バタバタと走り去るような音が聞こえて、すぐに聞こえなくなった。
 美久はぼうっとしていた。
 この急展開にちっともついていけなくて。
 その美久を、快が覗き込んだ。
「綾織さん、出られるぞ!」
 言われてやっと、はっとした。そうしてから自分が恥ずかしくなる。
 留依が助けに来てくれて、呼びかけてくれたのに、まともに答えることもできなくて。
 でも理由はある。
 快に言われたことに混乱してしまっていたから。そこへこの展開だ。ついていけなくても仕方がない。
 やっと言った。
「よ、……良かった……」
 力が抜けそうになった。違う意味で体が震えてくる。
「良かった」
 しかしすぐにまたどきっとしてしまった。握られたままだった快の手に、もう一度ぎゅっと力がこもったから。
「悪い、こんなときに、ヘンな話をして」
「えっ……」

 まさか、取り消されてしまうのだろうか?
 自分がこんな、まともに返事もできなかったから?

 心臓が冷えた美久だったけれど、それは違ったようだ。
「今度、落ちついてから返事、聞かせてくれたら嬉しい」

 今度?
 落ちついて?
 返事?

 美久はその言葉をひとつずつ噛みしめなくてはいけなかった。
 そしてそれが染み入ったとき、かぁっと顔が熱くなった。
 快は落ちつけずにいた自分を気づかってくれたのだ。それで今、無理に返事をしなくていいと。この騒動が解決して、落ちついてからでいいと。
 また優しくされてしまった。
 自分に恥じ入るやら情けなく思うやら、でも快から言われた言葉とそれに対する返事は決まっているのだから、顔や胸が熱いやら。
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