水曜日は図書室で
「この間、本当にありがとう」
「……ああ」
 快は単に肯定した。
「閉じ込められたりなんかして、すごく怖かったけれど……久保田くんにすごく勇気づけられたよ」
 心臓がばくばくしつつも、話をはじめた。
 快は「そっちか?」と思ったかもしれない。けれどお礼を言いたいのは自分に告白してくれたことだけではないから。こちらもちゃんとお礼を言いたかったのだ。
「それで、……あの言葉も、本当にありがとう」
 今度こそ本題に入った。快はやはり「ああ」と言ってくれた。美久の返事が今、あること。さすがに構えた様子になる。
 そういう反応をされれば恥ずかしいし、心臓は破裂しそうにどきどきするけれど。
 なぜか美久の内心は、すっと落ちついていった。おかしなことだ、緊張と安心が一緒にあるなんて。
 だからその言葉も、意外なまでにするっと美久の口から出てきた。

「私で良ければ……一緒にいてください」

 顔は赤かっただろうし、快の目を見つめて、なんてできなかったけれど。おまけに遠回しだったけれど。
 それでもはっきり声にできた。言葉にできた。
 数秒、その場に沈黙が落ちた。
 でもすぐに快が動いた。
 あっと思う間に、美久の肩に触れて引き寄せられていた。
 快の胸に抱き寄せられてしまう。
 さすがにどきんと胸がひとつ高鳴った。喉の奥まで跳ねたように感じてしまう。
「ありがとう」
 すぐ上から快の声が聞こえる。その声は明るいものではなかった。
 詰まったような、ちょっと固い声。
 でもわかる。この声は……嬉しさからくるものだ。それを声からもわかってしまうのが美久も嬉しく思う。
 だから、もうひとつ言いたかったことも出てきてくれた。

「私も久保田くんのことが……好きだと、思ってたから」

 快の顔が見えない体勢で、おまけにこんなふうに抱きしめられていては快にしか聞こえないだろう。
 それはちょっとずるいのかもしれないけれど。
 でもいい。快にだけ伝わればいいことだから。
「本当か。それは……もっと、嬉しい」
 快の腕に力がこもる。美久の体がもっと強く抱き寄せられた。
 心臓はばくばくしていて、このままとまってしまうのではないかと思われたけれど、やはり不思議だ。心の中の別のところには確かな安心があったのだから。
 どうして緊張と安心が一緒にあるのか、美久にはわからない。
 ただわかるのは、この感情はとても心地いい、ということだった。
 男の子に抱きしめられるなんてこと、もちろん初めてだ。だからどうしたらいいのかわからない。
 背中に腕を回して自分から抱きつけばいいのだろうということはわかる。
 マンガやドラマだったらそうなるのだろう。
 でも流石にそれは恥ずかしい。
 だから、美久が手を伸ばしたのは別のところだった。
 快のジャケットのすそ。そこをきゅっと握る。
 だけどそれでじゅうぶんだったらしい。快のまとう空気がちょっとゆるんだから。
「ありがとう」
 優しく抱きしめられ、自分からも少しではあるけれどそれに反応として応えることができて。
 冬の寒さなんて今は感じられなかった。
 ぽかぽかとあたたかい。
 触れ合っている体だけではない。
 心の中はもっともっと、ぽかぽかとあたたかかった。
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