水曜日は図書室で
 帰る前に、遊歩道のもう少し先へと歩いて行った。
 見えるものはやはり、道のわきに植えてある椿だったけれど、今はまったく違うように見えた。
 だって、美久の右手にはあたたかな感触が触れていたから。
 しっかりと快の手に握られていることで。
「綾織さんは、椿みたいだなって思うよ」
 快の声は穏やかだった。美久の返事を聞いて安心してくれたのだろうと思うような声だった。
「そうかな……」
 でもたとえはよくわからなかったので、美久の返事は不思議そうになった。
「ああ。なんだろうな……寒さの中でもしっかり咲いてるし……たおやかなきれいさがあるなって」
 快のたとえはずいぶんくすぐったいものだったので、美久はもじもじとしてしまう。
 以前とはまったく違う意味だったけれど。今のは単にくすぐったくてちょっと恥ずかしくて……でもそれ以上に嬉しいから、だ。
「久保田くんだって、そうじゃないかな」
 そこで思い出したことがある。唐突かもしれないと思いつつ、美久は言った。

 あのこと。
 前に言えなかった言葉。

「え、どこがだ?」
 でも快は思い付かないらしい。声が不思議そうになった。
「前に私のこと、助けてくれたもの」
 やっと思い当たったらしい。快の「ああ、あれか」という声は納得がいった、という声音になる。
「あれね、前に図書室で文庫本を見たとき、思ってた」
 魔法学校の本で、主人公の親友が片想いをしているヒロインを助けるシーン。
 快は「俺もこういう男になれたらいいのになぁ」と言ったのだ。
 そして美久は「久保田くんもじゅうぶん勇気のあるひとだ」と思った。あのときは言えなかったけれど。
 それを今、伝える。今、言うのにふさわしいと思ったから。
「久保田くんだって、あの親友の男の子みたいに、勇気のあるすごいひとだよ」
 美久の言葉に、自分の言ったことを思い出したらしい。
 どこか気まずそうな声になった。
「そりゃ、……ありがと」
 声は気まずそうだったけれど、悪いものではなかった。美久の手がきゅっと握られたことで伝わってくる。
「じゃ、それからもそうあれるように、頑張らないとな」
 それは『美久をヒロインのように想ってくれている』という意味なのはすぐにわかった。快が前向きな気持ちで口に出してくれたことも。


 遊歩道の椿の道はずっと続いているような気がした。
 寒い中でも凛と咲いている椿の強さ。
 今の自分と快を表しているようだし、それに。
 この椿のような気持ちをずっと持っていたいと思う。
 椿をきれいだと思って快を誘ったのは半分、偶然だった。近くて、静かで、二人で話せる場所に行きたかったからだ。
 でも無意識に選んだこの場所は、きっとこの大切な話をするのにふさわしいところだった。
 椿のような強さと、そして。
 今、美久の手を握って隣で歩いているひと。
 それがずっと自分の中にあってくれたらいい、と美久の心に強く染み込んだのだった。
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