水曜日は図書室で
「美久」
 ふいに呼ばれて、美久は、はっとした。すぐに恥ずかしくなってしまう。
 快の格好やこの状況に夢中になってしまっていたなどと。
 おまけにこの呼び方。
 まだ慣れないのだ。
 少し前から快は美久を名前で読んでくれるようになった。
 ずっと『綾織さん』だったので一足飛びともいえるもので、だいぶ恥ずかしかったのだけど、嬉しくて。美久はそう呼んでもらうことにした。
 そして美久からも変わったのだった。
「な、なに? 快くん」
 最近やっとスムーズに言えるようになった、名前。とても好きな音の響きだと思う。
「三階から見ないかって。ハードカバーがあるみたいだから」
 半分聞き逃してしまっていたことに美久は後悔した。
 快はしっかりフロア案内を見てくれていたのに、自分ときたら。
 ダメダメ、チェックするものはしっかり見ないと。
 自分に言い聞かせて美久は「うん! 見たいな」と言った。
 それですぐ前にある階段で三階まで上がろうとしたのだが、快が指を指した。
「あっちにエスカレーターがあるみたいだ。あっちに乗ろう」
「そうなんだ?」
 快についていく。なんとエスカレーターの場所までチェックしてくれていたらしい。
 エスカレーターはすぐに見つかって、乗りこんだ。快に続いて乗って、手すりをしっかり掴む。
 そこで美久は、はたとする。
 快が『エスカレーターで』と言った意味だ。
 別に三階くらい、毎日学校でのぼっているのだし平気だ。
 でも今日の美久は……新しい靴を履いてきている、のである。
 ハイヒールや厚底なんてものではない、フラットな靴だけど、それでもまだ慣れているとはいいがたい。
 快はそれを見て、少しでも負担がかからないようにと、エスカレーターでと言ってくれたのかもしれなかった。
 思い当たって、美久はくすぐったくなってしまう。
 優しくしてもらえるのは幸せだ、と思いつつ三階へとたどり着いたのだった。
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