水曜日は図書室で
 数秒後。動いたのは快だった。
 ずかずかと、というほど乱暴な足取りで美久に近づいてきた。こんな歩き方も見たことなどなかったので、美久はまたびくりとしてしまう。
 多分、動揺していたのだと思う。それから気持ちも荒立っていたのかもしれない。
 美久がそのとき思い至ることはできなかったけれど。
 普段とあまりに違う快の様子に動揺してしまっていて。
 快は美久のそばまで来て、言った。固い声だった。
「待ち合わせ……行かなくて、悪い」
 美久は答えられなかった。快が、美久がここに来た理由をわかっているようだったのには、ちょっとほっとしたけれど。
 「なんでこんなところに」なんて言われたら違う意味でショックだっただろうから。
 でもそのあと言われたこと。
 もう一度、美久の心臓が凍り付いた。
「悪いけど……今は……。また、今度でいいか」
 やっと言った、という声だった。
 美久の答えなんてひとつしかない。
「……うん」
 なんとか言った。快はそれにほっとしたのかどうなのか。
「ごめん」
 言ってくれたのはそれだけ。すっと美久の横を通過して、行ってしまう。その足取りはやはり普段からは考えられないほど乱暴なもので。
 しかしそれは示していた。
 快の怒りだけでなく、その中になにか悲しみがあることを。美久は確かに感じたのだ。
 美久はしばらくその場に立ちつくしていた。

 聞いてしまったこと。
 快にそれを知られてしまったこと。
 そして、快のこんな様子を見てしまったこと。
 すべてに後悔しかない。

 どのくらいぼうっとしていただろう。
 こんなところにいても、と、はっとして震える足で廊下を戻って、部室棟を出て校舎へ戻っても。
 美久の心臓は騒いだままだった。
 ざわざわとした嫌な感覚で騒ぐ。

 なにがあったのだろう。
 そしてこれからどうなるのだろう。

 まったくわからなかった。
 独りでの帰り道。
 どう歩いて電車に乗って帰ったのかもほとんど覚えていない。
 気が付いたときには自分の部屋にたどり着いていた。
 安心できる場所へ帰ってきて、ほっとしたのだろう。
 ほぅ、と息をつく。
 とりあえず落ちつかなくてはいけないことはわかる。
 そうでなければ、快と話をすることなんかできやしない。
 スマホを見てみたけど、快から連絡はなかった。
 なにか送られてきたら返事をしようと思ったのだけど。

 でも美久のスマホは、その夜一晩、鳴ることはなかったのだった。
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