水曜日は図書室で
 その夜は眠れなかった。
 夕方あったことが頭の中をぐるぐるしていて。
 快のあんな姿、初めて見た。
 いつも穏やかで優しくて……そういう面ばかり見ていたのだ。
 でも快が持っているのはきっとそれだけではなかった。それをいきなり見てしまったのだからおどろいて当然だと思うのだけど、今までちっとも知らなかったことについては後悔もある。
 そしてある意味、それより重要なこと。

 快の抱えている『事情』。

 思えば最初から『なにか事情があるんだろうなぁ』と思っていたのだ。
 図書室に通っていることも、合同体育のレクリエーションでちょっとだけプレイをしてすぐ引っ込んでしまったのも、たまに見せる物悲しいような表情や様子も。
 はしばしから感じ取っていたのに、美久は毎回突っ込んで聞くことはしなかった。
 当時はただの知り合いや友達だったのだから、軽々しく聞いていいことだとは思わなかったのもある。
 けれど今はもう彼女になったのだ。知り合いや友達よりずっと近い関係だ。
 だから聞く資格はあったのだと思う。むしろ知っておいたほうが良いことだった。
 でも自分はそれをしなかった。
 眠れないままに布団にくるまりながら、美久は思って息が詰まるような思いを感じていた。
 機会がなかっただけともいえる。
 軽いことではないだろうから、快から話してくれるまで待ったって悪くはなかったとも思う。
 でも、いきなりあんな展開になってしまったのを、こっそり聞いたようになってしまったこと。
 わざとではないにしろ、いいタイミングでなかったのは確かなことだ。
 眠れないまま時間だけが過ぎていく。
 美久は、はぁ、とため息をついた。真っ暗な部屋の中。月のひかりも届かない。
 誰かに相談したいと思ったけれど、これに関しては他人に相談するのははばかられた。
 親友である留依にも、だ。おまけに留依は、快のことを知っていても転校してきて数ヵ月しか経っていないのだ。だから事情を知っているはずもないし、そこへ聞かれても困ってしまうかもしれない。
 だから、今のところ美久は誰かにこのことを相談するつもりはなかった。
 でも一人で抱えているつもりもない。
 快と話をしなければなのだ。そして事情や快の気持ちを聞かなければならない。
 そりゃあ、このこと……おそらくバスケ部に関する重要なことだろう。このことに関しては、快の問題で美久は関係ないのかもしれない。
 でも恋人としてはまるで無関係なわけはないから。恋人の持つ事情を知らないなんて良くないことだし、美久はそういう冷たい人間にもなりたくなかった。
 それに快は言ってくれた。

 『また、今度でいいか』と。

 それは話してくれるつもりがあると、そういう気持ちで言ってくれたのだろう。
 今度、落ちついた状態で話してくれる、と。
 だから今の美久はそれを待つのが一番いいことだと思った。
 けれどやきもきしてしまったり、もんもんとしてしまったりするのはどうしようもなくて。
 その気持ちが美久を眠れなくしていた。

 私は快くんの立派な彼女でいられてるのかな。

 そんなことまで心配になってしまう。
 それは『快が決めること』であり、美久が思い悩んだところで変わらないのだけど……。
 思考はぐるぐる巡るばかり。
 おまけにちっとも楽しいことでもおもしろいことでもない。
 カーテンのすきまから太陽の白いひかりが差し込んできて、朝が近づいてきていると感じられたときは、心底ほっとした。
 ぐるぐる悩んでいても仕方がない。
 待つのだ。美久のほうだって、落ちついて待たないといけないのだ。
 そうでなければ、快の軽くはない『事情』。ちゃんと受け止めることなんてできないだろう。
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