冬の雨が上がる時
36.初冬の雨の夜に戻ってきた!
朝になっていた。今日は12月1日、今日は非番だからこれからどうするか一日考えよう。カラオケを出て街を彷徨い歩く。
もう12月だから街中はすっかり年末の様相でクリスマスや年末セールやらの広告が目立っている。ここのところ、ずっと雨が降っている。今頃の雨は冷たくて本当にいやだ。
丁度4年前に家出をして街を彷徨っていたのもこのころだった。寒くて駅の改札口にいるところをおじさんに声をかけられた。
随分昔のことのようでもあり、ほんの昨日のことのようだった気もする。おじさんに会いたい!
おじさんの帰りはいつも8時を過ぎたころだった。それまで時間をつぶそうと、雨の街中を歩き回った。そうしていることが気紛れにもなった。9時近くになったので洗足池駅に向かう。
去年の3月にここを離れた時から駅前はほとんど変わっていない。なつかしい。外から4階のおじさんの部屋を見ると明かりが灯っていた。おじさんは帰っている。
アパートの一階のコンビニはそのままだった。中を覗くとアルバイトをしていたころとは違った人が働いている。オーナーもいなかった。エレベーターで4階に上がると見慣れたドアがあった。
ノックする。中から声がする。なつかしいおじさんの声だった。すぐには声が出なかった。ドアを開けてくれないのでもう一度ノックした。すぐにドアは開いた。
「未希か?」
おじさんの顔が見えた。私は頷いていた。
「入ってもいいですか?」
「もちろんだ。どうした今頃、何かあったのか?」
私は玄関を入った。おじさんの部屋のなつかしい匂いがする。おじさんはソファーに坐るように促した。
おじさんはあのころよりも随分落ち着いて柔和な感じがしていた。1年8か月ぶりだった。
すぐにお湯を沸かしてコーヒーを入れてくれた。カップを持ってきて手に持たせてくれる。
私はそれほど疲れていたように見えたのかもしれない。カップの手が震えてしまう。なつかしさと嬉しさとがそうさせたのだと思う。
「どうしたんだ、今頃、急に訪ねてきて、何かあったのか? 聞かせてくれないか?・・・・言わないと分からない。今でも俺は未希の保護者だから」
おじさんは立て続けに話しかけてくる。
「ごめんなさい。ここにおいてください」
「まあ、いいか、夫婦喧嘩でもした娘が実家に帰ってきたと思えば。寒そうだから風呂を準備する。入って温まりなさい」
おじさんの優しい言葉に涙が止まらなかった。ここへ来て良かった。
おじさんはバスタブにお湯を入れてお風呂の準備をしてくれた。
私はおじさんに何といったらよいか分からずにただうなだれていた。おじさんは黙ったまましばらく私をそっとしておいてくれた。
おじさんはお風呂の準備ができると私に入るように促した。私はその場で服を脱いだ。おじさんは驚いてただ見ているだけだった。
私は無意識に腕や足についた殴られた痕を見てほしかったのだと思う。それからすぐに浴室に入った。
バスタブに浸かっていると、外からおじさんの声がする。
「未希、着替えをここに置いておくからな。いつかと同じトレーナーと下着だ。これしかない」
私は身体が温まると身体の隅々まで丁寧に洗った。いままでの生活の跡をすっかり洗い流してしまいたかった。
それからおじさんが用意してくれた下着とトレーナーを着た。あいかわらずダブダブだった。おじさんの匂いが懐かしい。
ソファーに戻るとおじさんが私をジッと見つめた。
「相変わらずダブダブだな」
私はそれを聞くと笑みを作った。笑っているように見えたか分からない。
「あの時もこれを貸してくれましたね。ダブダブで大きかったけど暖かかった」
「どうした? 身体に青あざなんか作って」
「彼に暴力を振われました」
「いつもか?」
「最近、ひどくなりました」
「それで家出して来たのか?」
おじさんは私の左手に目をやった。私はもう薬指から結婚指輪を外していた。昨晩カラオケボックスにいる時に外した。私はおじさんに抱きついた。
「抱いて下さい。好きなようにして下さい。あの時と同じように。そして私をここにおいてください」
抱きついた私をおじさんは力いっぱい抱き締めてくれた。私は抱き締められて嬉しかった。私を受け入れてもらえたと思った。でもおじさんはすぐに私から離れた。
「未希、それはできない。未希は今、結婚している。俺が今、未希を抱けば、未希は不倫をしたことになる。未希にそういうことをさせたくないし、俺もしたくない」
「あの時は私を思い通りにしたのに」
「あの時、未希は見ただけで結婚していないのが分かったし、18歳だと言った。確かに俺は未希に人には言えないようなひどいことをした。今はそれを悔やんでいる。だからなおさらできないんだ」
「分かった。おじさんは私を大切にしてくれた。今も大切にしてくれる。ありがとう」
「今日はここに泊めてあげる。俺のベッドで寝るといい、俺はこのソファーで寝るから。明日は金曜日だが、俺は会社を休む。朝からゆっくり話を聞こう。今日はこれで休んだ方が良い」
おじさんは私を抱かなかった。その理由も言われて良く分かった。それにまだ回復していないのかもしれない。
おじさんは今私をどう思っているのだろう。おじさんは私を好いていてくれたのは間違いない。でもおじさんの方から私を避けた。
私は寂しさもあってチーフと職場結婚した。おじさんの思いを裏切ったと言えなくもない。
結婚が破たんしたからと言って戻ってきて抱いてほしいと言うのはあまりにも身勝手過ぎる。おじさんの思いを踏みにじっているのではないかと思った。
私と別れたときは私を抱けない状態だったけど、今はどうなっているのか分からない。でもただ抱き締めて寝てほしかった。
私はいつまでも目が冴えて眠れなかった。
もう12月だから街中はすっかり年末の様相でクリスマスや年末セールやらの広告が目立っている。ここのところ、ずっと雨が降っている。今頃の雨は冷たくて本当にいやだ。
丁度4年前に家出をして街を彷徨っていたのもこのころだった。寒くて駅の改札口にいるところをおじさんに声をかけられた。
随分昔のことのようでもあり、ほんの昨日のことのようだった気もする。おじさんに会いたい!
おじさんの帰りはいつも8時を過ぎたころだった。それまで時間をつぶそうと、雨の街中を歩き回った。そうしていることが気紛れにもなった。9時近くになったので洗足池駅に向かう。
去年の3月にここを離れた時から駅前はほとんど変わっていない。なつかしい。外から4階のおじさんの部屋を見ると明かりが灯っていた。おじさんは帰っている。
アパートの一階のコンビニはそのままだった。中を覗くとアルバイトをしていたころとは違った人が働いている。オーナーもいなかった。エレベーターで4階に上がると見慣れたドアがあった。
ノックする。中から声がする。なつかしいおじさんの声だった。すぐには声が出なかった。ドアを開けてくれないのでもう一度ノックした。すぐにドアは開いた。
「未希か?」
おじさんの顔が見えた。私は頷いていた。
「入ってもいいですか?」
「もちろんだ。どうした今頃、何かあったのか?」
私は玄関を入った。おじさんの部屋のなつかしい匂いがする。おじさんはソファーに坐るように促した。
おじさんはあのころよりも随分落ち着いて柔和な感じがしていた。1年8か月ぶりだった。
すぐにお湯を沸かしてコーヒーを入れてくれた。カップを持ってきて手に持たせてくれる。
私はそれほど疲れていたように見えたのかもしれない。カップの手が震えてしまう。なつかしさと嬉しさとがそうさせたのだと思う。
「どうしたんだ、今頃、急に訪ねてきて、何かあったのか? 聞かせてくれないか?・・・・言わないと分からない。今でも俺は未希の保護者だから」
おじさんは立て続けに話しかけてくる。
「ごめんなさい。ここにおいてください」
「まあ、いいか、夫婦喧嘩でもした娘が実家に帰ってきたと思えば。寒そうだから風呂を準備する。入って温まりなさい」
おじさんの優しい言葉に涙が止まらなかった。ここへ来て良かった。
おじさんはバスタブにお湯を入れてお風呂の準備をしてくれた。
私はおじさんに何といったらよいか分からずにただうなだれていた。おじさんは黙ったまましばらく私をそっとしておいてくれた。
おじさんはお風呂の準備ができると私に入るように促した。私はその場で服を脱いだ。おじさんは驚いてただ見ているだけだった。
私は無意識に腕や足についた殴られた痕を見てほしかったのだと思う。それからすぐに浴室に入った。
バスタブに浸かっていると、外からおじさんの声がする。
「未希、着替えをここに置いておくからな。いつかと同じトレーナーと下着だ。これしかない」
私は身体が温まると身体の隅々まで丁寧に洗った。いままでの生活の跡をすっかり洗い流してしまいたかった。
それからおじさんが用意してくれた下着とトレーナーを着た。あいかわらずダブダブだった。おじさんの匂いが懐かしい。
ソファーに戻るとおじさんが私をジッと見つめた。
「相変わらずダブダブだな」
私はそれを聞くと笑みを作った。笑っているように見えたか分からない。
「あの時もこれを貸してくれましたね。ダブダブで大きかったけど暖かかった」
「どうした? 身体に青あざなんか作って」
「彼に暴力を振われました」
「いつもか?」
「最近、ひどくなりました」
「それで家出して来たのか?」
おじさんは私の左手に目をやった。私はもう薬指から結婚指輪を外していた。昨晩カラオケボックスにいる時に外した。私はおじさんに抱きついた。
「抱いて下さい。好きなようにして下さい。あの時と同じように。そして私をここにおいてください」
抱きついた私をおじさんは力いっぱい抱き締めてくれた。私は抱き締められて嬉しかった。私を受け入れてもらえたと思った。でもおじさんはすぐに私から離れた。
「未希、それはできない。未希は今、結婚している。俺が今、未希を抱けば、未希は不倫をしたことになる。未希にそういうことをさせたくないし、俺もしたくない」
「あの時は私を思い通りにしたのに」
「あの時、未希は見ただけで結婚していないのが分かったし、18歳だと言った。確かに俺は未希に人には言えないようなひどいことをした。今はそれを悔やんでいる。だからなおさらできないんだ」
「分かった。おじさんは私を大切にしてくれた。今も大切にしてくれる。ありがとう」
「今日はここに泊めてあげる。俺のベッドで寝るといい、俺はこのソファーで寝るから。明日は金曜日だが、俺は会社を休む。朝からゆっくり話を聞こう。今日はこれで休んだ方が良い」
おじさんは私を抱かなかった。その理由も言われて良く分かった。それにまだ回復していないのかもしれない。
おじさんは今私をどう思っているのだろう。おじさんは私を好いていてくれたのは間違いない。でもおじさんの方から私を避けた。
私は寂しさもあってチーフと職場結婚した。おじさんの思いを裏切ったと言えなくもない。
結婚が破たんしたからと言って戻ってきて抱いてほしいと言うのはあまりにも身勝手過ぎる。おじさんの思いを踏みにじっているのではないかと思った。
私と別れたときは私を抱けない状態だったけど、今はどうなっているのか分からない。でもただ抱き締めて寝てほしかった。
私はいつまでも目が冴えて眠れなかった。