婚約者は霧の怪異
「弘則、本当にいいの? ……本当は反対してたから」

「俺が今更反対するのは雛ちゃんを困らせるだけだし、大人になって自由に会えなくなる時が来ても、たまに顔見せにきてくれそう、雛ちゃんなら」


 それは、来るよ。私は迷わず頷く。


「うん、だったら俺もちゃんと味方できる。全然会えなくなるわけじゃないんだから、俺は大丈夫だよ」

「弘則……あんたって本当に優しいね」


 弘則は本当に、本当に優しい眼差しで目を細めてニコニコと笑った。







 家に帰って父の帰りを待ち、3人で晩ご飯を食べていると母がふと切り出した。


「あ、そうそう。昼間、お義母さんから電話があってね。次かその次の土日で都合のいい時にこっちへ来たいって言ってたけどどうする?」

「え? おふくろが?」


 父が相当驚いているのが私にもわかる。今まで一度もそんな事がなかったからだ。


「何かあったのかな。病気……とかじゃないといいんだけど」

「ねえ。なんて返事する?」


 私は何も知らないふりで黙ってそれを聞いていた。

 何にせよ、なにか大切な用事があるのだろうと察した2人は、私に今週の土日の予定が空いているか確認する。私は今週も来週も大丈夫だと返した。


「じゃあ、あなたから返事してくれる?」

「うん。それとなく、おふくろの様子も訊いてみるよ」

「そうね」


 息をつく暇もない。今週、今週か。次々といろんな事が起きているけど、あともうちょっと頑張らないと、私。

 正直少し気疲れしてはいる。でも、ここで引き延ばしたら逆にスタミナ切れを起こしそうだからこのまま走り切りたい。全部解決して、何も心配する事なく――


 ああ、また周りが見えなくなってしまう。

 祖父と会った後に後ろから抱きしめられて怒られた時の感触が、よみがえる。

 ……全部解決したら、笑われるのを覚悟でお願いしてみようかな。それとも、私から抱き着いてみようかな。きっと抱きしめ返してくれる。多分、ぎゅーっと、きつく。


 はっと我に返って、食べ終わった食器を片付けて弘則にメッセージを送った。

 すぐに既読が付き、「今週なら大丈夫だよ」と返事が来る。

 味方は、たくさんいる。いてくれる。

 大きく深呼吸をした。いよいよ――いよいよなんだ。
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