婚約者は霧の怪異
それから、1時間以上が経った。

 弘則も私も、わかりやすく落ち着きがなかった。そこへ控えめなノック音が響き、母が私を呼ぶ声で私たちは互いの顔を見合わせた。

 みんな持っていたゲームの手札を伏せ、弘則は背中を伸ばす。私が扉を開けると、母は困惑した表情でそこに立って私を見ていた。


「みんな、遊んでいる最中にごめんなさいね。雛芽、ちょっと話……いいかしら」

「うん。みんなも……一緒でいい?」

「ちょっとそれは……」


 母が言いかけると、その会話を聞いていた祖母が「皆さんでいらっしゃい」と居間の方から声をかけた。母は動揺を隠せない。

 銀河だけは「私はここにいるわ。必要なら呼んで」と言って部屋に残った。


 居間に入ってまず、祖父と祖母に弘則と三栖斗がそれぞれ挨拶をしてから用意された座布団の上に座った。


「ええっと……」


 コホンと私はひとつ咳ばらいをしてから、恐る恐るたずねた。


「今どういう状況?」


 父と母の顔色は悪い。祖母は構わずに私の問いに答えた。


「おばあちゃんはお喋りでね、雛芽と彼の事まで話しちゃったわ」


 話しちゃったわ、と言う割にその表情は全く悪びれた様子がなく、むしろ「一通り説明だけはしておいたわよ」という事だった。

 ごくりと唾を飲み込んで、私はまず両親に祖母の話を信じてくれているかを確認した。私が迷いなくそう切り出した事に、2人はひどく動揺していた。

 机の上には、若い頃の祖母と幼い父……そして今の姿のままの祖父が写った写真がある。その前で背中をまげてあぐらをかく父の目元は、赤く腫れていた。







 居間の時計は夜7時近くを指していた。

 私は伝えたいことをすべて伝えたし、当然だろうけど両親は最初、ものすごく反対した。

 諦められないのか、どうにもできないのかと私と三栖斗に何度も訊いた。私は絶対折れたくなくて、三栖斗も折れるつもりはなかった。
< 103 / 109 >

この作品をシェア

pagetop