婚約者は霧の怪異
 祖母達は日曜の昼頃まで家でゆっくり過ごして、またこちらへも遊びにいらっしゃいと言って電車で帰って行った。

 弘則の提案で三栖斗は月曜まで弘則の家に泊まる事にしたらしい。

 再び日曜の夕飯に2人揃って母に呼ばれ、5人揃ってご飯を食べ終わる頃には三栖斗はすっかりウチの両親のお気に入りになっていた。いつもよりかなり爽やか好青年なキャラ作ってるけど、まあいいや。そんな事をバラしても誰も得しない。


「けれど、そうね。大人になったらいつ結婚して家を出て行ってもおかしくはないんだから、そういう意味では変わらないのよねって」


 母がぽつりと呟き、弘則が「そうですよ」と笑いかける。

 ふと、テーブルの下に置いていた私のこぶしを包むひやりとした手の感触があった。

 隣の三栖斗を見ると目が合う。両親が弘則との会話に意識が向いているのをいいことに、なにやら得意げに「ふふん」とでも言いたげな顔で笑っていた。


 ――いつもの、私にとって日常であるその表情に、私はようやくホッとして。

 「なにやってんのよ」と笑ったけど、そのまま泣いてしまいそうになったのだった。







「雛ちゃんおはよう!」

「おはよう弘則」

「おはよう」


 マンションの駐輪場に3人が集まる。なんだか変な光景。

 三栖斗が歩きなので、今日は少しだけ早めに家を出た。


「行こっか」

「うん」


 朝の空気が頬を冷やす。通学路を歩きながら、私は昨夜両親と相談していた――進路を含めた将来の話を思い出していた。


「雛ちゃん?」


 無意識に立ち止まっていた私を弘則が振り返って「どうしたの?」と少し先で待っていてくれた。


「あ、ごめん。なんでもない。なんか、ちょっと気が抜けちゃって」

「大丈夫?」


 大丈夫大丈夫。私は2人の所まで駆け寄る。

 私の鞄をカゴに入れて私の自転車を押してくれていた三栖斗に「やっぱ自分で押してく」とハンドルを奪い取って少しだけそのまま走ってみた。


「浮かれているな」

「そうですねえ」


 その背中に、くすくすと控えめな笑い声がぶつかった。
< 105 / 109 >

この作品をシェア

pagetop