婚約者は霧の怪異
三栖斗の思い出話
あの日
……さて、彼の要望に応えて記憶を少し遡ろう。私にとってもそれがいいだろう。
この日、私は知り合いを訪ねて山中に居たわけだが。そこで少し珍しいものを見た。
――人間の子供に化けて、人間の少年の手を引っ張ってどこかに連れて行こうとしている妖怪が少し前にそこを通ったが、それじゃない。そういうのはまあまあ見る。
その時私が見つけたのは、体の内側に妖怪の気配がする人間の少女だった。体を作っているほとんどが人間のもの。でも、わずかに人間ではないモノが混じってる。
面白いな。なんだろうこの子は。
しばらく様子を観察することにした。
「霧が出てきた。早く……帰らないと。帰り道がわからなくなっちゃう」
少女は何かを探しているようだった。……まさか、さっきの少年か? だとすれば、諦めた方がいい。あの妖怪は、人間を標本にするのが好きな少し変わった奴なんだ。
「わっ!? あっぶな……」
少女が木の根に躓き、崖下の少年を見つける。生きてはいたが、あの足では立ち上がる事も難しいだろうなと思った。
少女に見えているのか見えていないのか……少年のすぐ傍らでは、四つ足の黒く背の高い妖怪が舌なめずりをしている。少女が“ヒロノリ”と少年の名を叫びそうになったので、咄嗟に後ろから口を手で押さえ黙らせた。
「……!?」
「君には見えないのか? あの少年の傍にいるモノに気づかれると君も危ないぞ」
わけもわからず少女はもがき、私の腕の中からするりと抜け出す。それでも、騒ぐと良くないという事だけは伝わったらしく、息を整えながら私の方を見ていた。
肩より少し長い栗色の髪が、暴れたせいでボサボサに広がっている。
「君は何者だ?」
少女は一刻も早く少年を助けたかっただろう。けれど私は諦めている。彼女に対する興味が勝って、そう尋ねた。
「お、お兄さんこそ……何なんですか……」
「私? 私は……そういえば名前もなかったな。適当に呼んでくれればそれでいい。ある場所では“霧男”なんて呼ばれているバケモノだ」
「化け……物……?」
「そう。そしてあそこにいるのもバケモノ」
私は少年が倒れている崖下を指さす。少年にはバケモノが見えているようで、か細い声で引き攣った悲鳴のようなものをあげて地面を這っていた。
アレに追われて逃げ回り、崖下に落ちたというところだろう。
「……」
「見えないか。見せてやるが悲鳴は上げるなよ」
「何も見えない……ねえ本当に……ヒュッ」
少女は自らの口を両手で覆い、悲鳴を封じた。
そして全身を震わせ、歯をガチガチと鳴らしながらも「助けなきゃ」と口にするのだった。
この日、私は知り合いを訪ねて山中に居たわけだが。そこで少し珍しいものを見た。
――人間の子供に化けて、人間の少年の手を引っ張ってどこかに連れて行こうとしている妖怪が少し前にそこを通ったが、それじゃない。そういうのはまあまあ見る。
その時私が見つけたのは、体の内側に妖怪の気配がする人間の少女だった。体を作っているほとんどが人間のもの。でも、わずかに人間ではないモノが混じってる。
面白いな。なんだろうこの子は。
しばらく様子を観察することにした。
「霧が出てきた。早く……帰らないと。帰り道がわからなくなっちゃう」
少女は何かを探しているようだった。……まさか、さっきの少年か? だとすれば、諦めた方がいい。あの妖怪は、人間を標本にするのが好きな少し変わった奴なんだ。
「わっ!? あっぶな……」
少女が木の根に躓き、崖下の少年を見つける。生きてはいたが、あの足では立ち上がる事も難しいだろうなと思った。
少女に見えているのか見えていないのか……少年のすぐ傍らでは、四つ足の黒く背の高い妖怪が舌なめずりをしている。少女が“ヒロノリ”と少年の名を叫びそうになったので、咄嗟に後ろから口を手で押さえ黙らせた。
「……!?」
「君には見えないのか? あの少年の傍にいるモノに気づかれると君も危ないぞ」
わけもわからず少女はもがき、私の腕の中からするりと抜け出す。それでも、騒ぐと良くないという事だけは伝わったらしく、息を整えながら私の方を見ていた。
肩より少し長い栗色の髪が、暴れたせいでボサボサに広がっている。
「君は何者だ?」
少女は一刻も早く少年を助けたかっただろう。けれど私は諦めている。彼女に対する興味が勝って、そう尋ねた。
「お、お兄さんこそ……何なんですか……」
「私? 私は……そういえば名前もなかったな。適当に呼んでくれればそれでいい。ある場所では“霧男”なんて呼ばれているバケモノだ」
「化け……物……?」
「そう。そしてあそこにいるのもバケモノ」
私は少年が倒れている崖下を指さす。少年にはバケモノが見えているようで、か細い声で引き攣った悲鳴のようなものをあげて地面を這っていた。
アレに追われて逃げ回り、崖下に落ちたというところだろう。
「……」
「見えないか。見せてやるが悲鳴は上げるなよ」
「何も見えない……ねえ本当に……ヒュッ」
少女は自らの口を両手で覆い、悲鳴を封じた。
そして全身を震わせ、歯をガチガチと鳴らしながらも「助けなきゃ」と口にするのだった。