婚約者は霧の怪異
「このおんな、ニンゲンだったよなぁ? なんだ? ニンゲンにしかみえないのに、そうじゃない……へんだ、へんだ」

「ああ、彼女は……化けるのが上手いだろ? 私の嫁だ」


 涼しい顔で言ったつもりだが、ものすごく怪しまれている。けれどしばらく唸った後、ヤツはもぞもぞ……と会話するにふさわしいだけの距離を置いた。


「たしかに、エンが、あるな……ウソじゃ、なさそうだ」

「さすがに手は出さないだろう?」

「……そこまで、いのちしらずじゃ、ない」


 雛芽の肩から、力が少し抜けていくのが手のひらから伝わってきた。

 なんだ、冷やかしなら俺は獲物のところへ戻るぞ。と背を向け、崖下へ下りようとするソイツを私は「それと」と言って呼び止めた。


「彼女とあの少年にも縁が繋がっているのは見えていないか?」

「なに?」


 えっ? と雛芽が小さく驚く。なんだ、これも見えていないのか。

 私と雛芽の手首にそれぞれ、赤いリボンのような紐が結ばれ繋がっているわけだが、雛芽とあの少年の手首にもまた、私のものよりかは細い紐が繋がっている。

 色は碧色。単純に……絆のようなものでできる縁だ。


「? なぜ、ニンゲンとつながっている」

「ん? 君に教える義理はないね、そうだろう?」


 雛芽に同意を求めると、彼女は「う、うん」とぎこちなく頷いた。

 とにかく、自分より格上の者と“縁”が繋がっているモノを襲うのはとてもまずいのだ。彼女とあの少年が繋がっているのが見えていたからこそ、こうして繋がることによってようやくあの少年が救えた。


「…………」


 ヤツは不服そうに真っ黒な顔をゆがめ歯ぎしりをしながら、何も言わずに私たちの隣をすり抜けどこかへ去っていく。

 完全にその姿が見えなくなると雛芽はゆっくりとしゃがみ込み、再び体を震わせた。


「わたし……“うん”の一言しか言ってないけど」

「あれでいい。不必要にしゃべるとボロが出る」

「そっか……ありがとう」


 さて、あとはあの少年をここまで運ばなければいけないな。

 ぶわりと体を霧へと変える。突然姿を消した私の様子を横目に見て、雛芽がギョッと目を丸くした。


『下から運んでくる。君はここで待っているといい』

「ぎゃっ!? ヤダヤダ見えないのに声が聞こえる気持ち悪い!」

『くっ……ふ、くくく……!』


 ふわりと少年の傍へ下り、人間の姿を現す。

 少年はうずくまったまま、新しい“何か”の気配にビクッと体を跳ねさせた。


「やあ、助かったぞ少年。上まで運ぼう。私の腕につかまれ」

「ひっ……ひいいいいひいいいいいっ」


 おや。ここへ落ちる前どんな目に遭ったのやら。中身が壊れかけている。会話は……難しそうだな。

 抵抗されながらも強引に頭を撫でる。頭の中の恐怖に白いモヤをかけて、だんだんそれを濃くしていくイメージで。……足の痛みを引き金に思い出されると面倒なので、ケガを治すサービスもおまけしておいた。

 少しずつ少年はおとなしくなり、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。


「え……? な、なんで……おれ……」

「とりあえず上に戻ろう。私の腕につかまって……ついでに目も閉じていてくれるか?」


 弘則ーっ! と崖の上から雛芽が顔をのぞかせて叫ぶ。


「雛ちゃん!?」

「君を迎えに来たんだ。さ、行こう」


 今度は素直に私の腕につかまった少年の体を落ちないように支え、彼が目を閉じたのを確認すると崖の上へと一気に飛んで戻った。
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