婚約者は霧の怪異
 昨日の事があって銀河先輩はちょっと苦手なんだけど、状況的にしょうがない。
 “アナログゲーム同好会”とラミネートしただけの紙が貼られた部屋の扉をノックすると、中から銀河先輩の声で「どうぞ」と返事があった。


「失礼します」

「あら、2人ともいらっしゃい。今日は入会申し込み? それとも見学? どちらでも歓迎するわ」


 部屋には銀河先輩1人しかいなかった。

 他の先輩はと訊くと、なんでも品薄でなかなか手に入らないカードゲームの入荷情報があって、それを買いにお店へ飛んで行ったらしい。


「そんな訳で他のメンバーは不在だけど、今日も誰かが見学に来るかもしれないから私が留守番してるの」


 そう言いながら先輩は私たちに、適当に座るよう促す。


「銀河先輩、俺たちは」

「昨日の事でお話を聞きたくて来ました」


 私は、三栖斗がクラスにやって来たことや、昼休みに聞いた話を説明する。

 銀河先輩は三栖斗が生徒として今日1日生活していた事を知ると、大声で笑った。


「ご存知じゃなかったんですね……」

「あはっ、あはっ……ヒィー! 知らない知らない! いや~何アイツ、涼しい顔してハンデまで作ってるくせに必死じゃない! ああ、わけわかんないおっかしい!」


 必死かどうかは知らないけど、わけがわからないってのには同意。

 笑いすぎて咳込んだ先輩が、慌ててペットボトルのお茶をカバンから取り出し、ものすごい勢いで飲み干す。


「先輩。先輩は佐古先輩と前からお知り合いなんですよね? どこで知り合って、どういう関係なんですか?」

「コホッ……ふう。つまり早い話、私が何者かはっきりさせたいのね? いいよ、君らに隠す必要ないし」


 先輩は足を組んで、机に肘をつく。


「あいつが例にあげてたらしいけど、仲間だけで遊んでたつもりが気が付いたら一人多い。それはこの校舎の七不思議のひとつに数えられててね。“遊び子”と名前がついているの。みんなで遊んでいるといつの間にかソイツが寄って来て一人増えているんだけど、数がおかしいと気づいて顔を見比べても誰がその一人かわからないのよね。ただそれだけの妖怪。それが私」


 別に大した害もないでしょ? と両手を広げて先輩は笑った。


「私はみんなで遊ぶのが大好き。ここも面白そうだから同好会として申請が通る人数にするために生徒を装って入った。実際毎日飽きないし、私はここが好きよ。まあ、3年生の引退時期までに別の誰かに名前と姿を変えなきゃとは思ってるけど……その前に人数増やさなきゃダメか」

「人間じゃなかったから……だから、昨日私と三栖斗の縁が見えてたんですね」


 先輩は頷いた。意識して見ないと見えないものらしいけど、私一人を見ても誰とつながっているかわかるくらい特殊な気配を放っていたらしい。


「先輩……雛ちゃんと、佐古先輩の約束でできた縁ってなんともできないんですか?」


 できないわよ。と先輩は即答した後「普通はね」と付け足した。


「縁を結んだ時、“いずれ妻になる”と将来結婚する約束をした。その“いずれ”っていうのは別にもういつでも良くって、昨日橘さんがOKしてたら昨日からあなたとアイツは夫婦として成立してたわけよ。でも、それは成立しなかった。橘さんがその時の記憶を持ってなくて、アイツを拒絶したから“いつか結婚する予定の2人”という関係性のまま変わってない。……っていうのが私に今見えてるモノね」


 そして、ちゃんと縁を読まないと普通に夫婦としての縁に見えるくらいには濃く結ばれてるけれど、と補足した。


「きっと橘さんは、記憶さえ思い出せばアイツを受け入れるでしょう。覚悟を決めての約束だったんだから。そうしたら成立。……もしくは記憶を取り戻さなくても、アイツを好きになれば……まあ成立するわよね。逆に言えばその両方が叶わなければ平行線のままだと思うけれど、それもなんだかスッキリしないじゃない。ねえ?」


 ねえ、と言った先輩の視線は、私たちの後ろを見ていた。振り向くと、そこに三栖斗が立って黙って話を聞いている。扉の開く気配なんてしなかったのに。

 思わず悲鳴をあげてしまった。


「ハンデ付けたり頑張って攻めてみたり、遊んでるんだか真剣なんだか」

「話は聞いていたが、いつ終わるかわからない遊びも勝負も好きではないな」


 クックックと三栖斗は笑った。


「じゃあ私思うのよ。やっぱり遊びも真剣勝負も試験もルールが必要じゃない? じゃないと後で納得できなくて揉めるでしょ?」
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