婚約者は霧の怪異
 この2人は何の話を始めたんだろう……。

 頭1つ分背の高い弘則の目を見ると、彼は2人の会話をひと言も聞き漏らさないようにと真剣な眼差しを向けていた。


「……ルールは決めてある。説明しようか。ああ、それと……銀河の言葉を借りて説明しやすいように一応ルールと呼ぶけれど、遊びのような生ぬるい気持ちではないからそこは誤解のないように」


 ゆっくりと部室内をぐるりと回るように、ペタ、ペタと上履きの音を鳴らしながら三栖斗が歩きながら話し始めた。


「期限は雛芽が卒業するまでの約2年。私は雛芽の記憶を戻すための手段を探す。また、雛芽に好いてもらえるよう努力しよう。それでダメだったら、私は君を諦める」

「それ……私とあなたの勝負って事なの?」

「そう思ってもらっても間違いじゃないが、私の勝負相手は一人じゃない。私には敗北条件がもうひとつあるからな」

「それは?」


 弘則が低い声で静かに先を促した。


「そんな事が起きれば奇跡としか言いようがないんだが、私の縁を押しのけて雛芽と誰かが赤い縁で結ばれた時だ。その場合は2年を待たずに私は身を引こう」


 銀河先輩がヒュウと口笛を吹いて意外そうな顔をする。


「そんな事できるのかしら?」

「さあ? けれど、可能性として想定しておいて損はないと思う。強い愛というのはどんな奇跡を起こすかわからないものだろ」


 アンタが愛を語るなんて! と銀河先輩がまた大笑いした。

 すでに結ばれた縁をひっくり返すような大恋愛……なんだかイメージできないな。


「……わかりました。ともかく、雛ちゃんが本当に嫌なら無理矢理にってことは無いんですね」


 うむ。と三栖斗が頷く。それを見た銀河先輩も頷いて、パン! と手を合わせた。


「これは遊びじゃないけど、決着がついた時に証言する機会があった時のために、私がルールを守る“遊び子”としてしっかり聞き、覚えました。この勝負の結末は曖昧にさせないことを約束するわ」


 銀河先輩の目が緑色に光る。本当に人間じゃなかったんだ……。


「今更だが……こういうわけだ雛芽。君が覚えていないということで、私はこうしようと思っているんだが」

「じょ、上等じゃない。私には今までの状況に比べてメリットばかりなんだから、もちろんそれでいいよ」

「うん。じゃあ、よろしく頼むぞ」


 うんうん。とそれを傍で聞いていた銀河先輩が、急に声色を変え「と・こ・ろ・で」と私たちの肩に手を置く。


「うちの同好会がこの部屋を使う権利を引退後も守るために、3年以外のメンバーが何人か欲しいところなのよね~。まだ今から増える可能性はあるけど……あなたたち入会する気ないかしら?」


 私と弘則は顔を見合わせる。


「「……考えておきます」」

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