婚約者は霧の怪異
私と女の子が並んで歩き、そのすぐ後ろを弘則が傘をさして歩く。
折り畳み傘はそんなに大きくもないのに、思ったより濡れないなと弘則を振り返ったら、彼はパーカーのフードを被って雨を凌いでいるだけで殆ど傘の下に入っていなかった。
「弘……」
「いいからそのまま」
女の子に気づかれて気を遣わせたくないようだった。落ち着かないけどその気持ちもわかるので黙って歩く。
駅はすぐ近くだった。地下への階段を下りていき、改札の方へ歩きながら周囲を用心深く見る。
「あ」
弘則は声を上げて、自販機の方へ向かってスタスタと歩いて行った。後を追いかけると、自販機横のごみ箱の後ろの隙間からよいしょと大きな赤い和傘を抜いて弘則が振り返る。
「本当におっきいね……これじゃない?」
「! これ! ……です!」
「えっ、これ!?」
明らかにこの女の子が使うにはゴツすぎる。……い、いや、にしても本当に駅にあって良かった。犯人は許さないけど。
「お父さんこの傘を仕事で使ってるの?」
な、なんの仕事をしてるんだろう。
女の子は「はい」と傘を抱きしめる。
「お父さん、“傘持ち”だから」
「傘持ち……?」
予想外の単語が返って来て混乱する私。
あの、と女の子が足をそろえて背筋を正す。そして深々と頭を下げた。
「ありがとうございましたっ」
「あ、うん。見つかって良かったね」
「気を付けて帰るんだよ」
「はいっ」
目を赤く腫らしたまま笑って、もう一度頭を下げてから女の子は改札の向こうへと歩いて行った。それを手を振って見送る。
「や、俺たちも帰ろっか」
「あはは、そうだね」
そう言って先へ進む弘則のパーカーがしっとり濡れていたので、後ろから「弘則やさしいじゃん」とつつくと照れ臭そうに笑っていた。
◇
月曜、校門をくぐり下駄箱に向かう途中で部活棟の方から誰かに呼び止められた。
なんだ? と思って見ると、三栖斗が手招きしている。
「おはよう雛芽」
「え? おはよう……何?」
「なんだ、今日は弘則クンは一緒じゃないのか」
「あー……別に約束してるわけじゃないから」
詰めが甘いな、と訳の分からないひとり言を言って三栖斗は手に持っていた紙袋を2つ、差し出すように目の前に持ち上げた。
「朝早くに狐の親子が来てな。君の名前も家も聞き忘れたから、縁の相手に私がいたのを頼りに私の所へこれを預けに来たらしい。君と、弘則クンの分だ。この店の菓子は美味いぞ」
「き……狐?」
「ん? なんだ、傘を探してやったんじゃないのか」
…………え?
「え? 狐……?」
「おや、そうか気づかなかったのか。今度伝えておこう。上手く化けていたと聞いたらあの子供も自信がつくだろう」
「化け……ええええええーーーーーーっ!?」
叫ぶ私を見て三栖斗がおかしそうに声をあげて笑う。
奇妙な日常が今週も始まったのを実感したのだった。
折り畳み傘はそんなに大きくもないのに、思ったより濡れないなと弘則を振り返ったら、彼はパーカーのフードを被って雨を凌いでいるだけで殆ど傘の下に入っていなかった。
「弘……」
「いいからそのまま」
女の子に気づかれて気を遣わせたくないようだった。落ち着かないけどその気持ちもわかるので黙って歩く。
駅はすぐ近くだった。地下への階段を下りていき、改札の方へ歩きながら周囲を用心深く見る。
「あ」
弘則は声を上げて、自販機の方へ向かってスタスタと歩いて行った。後を追いかけると、自販機横のごみ箱の後ろの隙間からよいしょと大きな赤い和傘を抜いて弘則が振り返る。
「本当におっきいね……これじゃない?」
「! これ! ……です!」
「えっ、これ!?」
明らかにこの女の子が使うにはゴツすぎる。……い、いや、にしても本当に駅にあって良かった。犯人は許さないけど。
「お父さんこの傘を仕事で使ってるの?」
な、なんの仕事をしてるんだろう。
女の子は「はい」と傘を抱きしめる。
「お父さん、“傘持ち”だから」
「傘持ち……?」
予想外の単語が返って来て混乱する私。
あの、と女の子が足をそろえて背筋を正す。そして深々と頭を下げた。
「ありがとうございましたっ」
「あ、うん。見つかって良かったね」
「気を付けて帰るんだよ」
「はいっ」
目を赤く腫らしたまま笑って、もう一度頭を下げてから女の子は改札の向こうへと歩いて行った。それを手を振って見送る。
「や、俺たちも帰ろっか」
「あはは、そうだね」
そう言って先へ進む弘則のパーカーがしっとり濡れていたので、後ろから「弘則やさしいじゃん」とつつくと照れ臭そうに笑っていた。
◇
月曜、校門をくぐり下駄箱に向かう途中で部活棟の方から誰かに呼び止められた。
なんだ? と思って見ると、三栖斗が手招きしている。
「おはよう雛芽」
「え? おはよう……何?」
「なんだ、今日は弘則クンは一緒じゃないのか」
「あー……別に約束してるわけじゃないから」
詰めが甘いな、と訳の分からないひとり言を言って三栖斗は手に持っていた紙袋を2つ、差し出すように目の前に持ち上げた。
「朝早くに狐の親子が来てな。君の名前も家も聞き忘れたから、縁の相手に私がいたのを頼りに私の所へこれを預けに来たらしい。君と、弘則クンの分だ。この店の菓子は美味いぞ」
「き……狐?」
「ん? なんだ、傘を探してやったんじゃないのか」
…………え?
「え? 狐……?」
「おや、そうか気づかなかったのか。今度伝えておこう。上手く化けていたと聞いたらあの子供も自信がつくだろう」
「化け……ええええええーーーーーーっ!?」
叫ぶ私を見て三栖斗がおかしそうに声をあげて笑う。
奇妙な日常が今週も始まったのを実感したのだった。