婚約者は霧の怪異
「雛芽もそろそろ出番じゃない?」


 怜音が借り物競争の待機所が作られようとしているのを知らせてくれる。


「本当だ」

「橘ー! モノマネ系なら何でもやるからな!」

「雛芽がんばってね」


 行ってきますと手を振って待機所へ向かう。

 途中で弘則と一緒になった。


「借り物競争は3年生からなんだね」

「うん、そうだよ」

「はあ~緊張するなあ」

「あはは! お互いがんばろっ」


 それだけの短い会話をして、それぞれの学年の待機スペースに向かう。

 前の種目が終わり、まずは3年生が入場する。今年はどんなお題があるのか待機所の誰もが真剣に選手の呼びかけや実況に耳を傾ける。

 基本的にお題は人物というのがうちの学校のスタイル。

 選手だけでなく、お題の相手が生徒や担任の先生だった場合、そのクラスにも少し得点が入る。だからみんな協力的だ。


「蛍光色の靴を履いてる人ぉぉ! 手をあげて下さああい!」

「なんか1年に居たぞ蛍光色」

「まじか! ありがとう!」


 選手たちが声を張り上げながらめちゃくちゃに走り回る。


「ちさとちゃん円周率言えたよね!? 10桁わかる!?」

「余裕! 行くよっ」


 ゴールでお題の確認をマイクで実況され、盛り上がる。

 中には“この際謝っておきたいことがある人”なんてのもあって、どうでもいいことを謝ったりなんかして笑いを誘う。

 最後の人がゴールし、得点が発表されて3年生が退場。次は私たちだ。


 スタート位置について、合図で走り出す。

 ネットくぐりやハードルなどの簡単な障害物をクリアして、抽選箱の中からお題の書かれたメモを引き抜く。


“腰より髪が長い人”

 ……うちのクラスにはいないけど……。


「小城さーーん!!」


 1年生の待機所に一目散に走っていく。

 いつもお団子付きのハーフアップにしている小城さんは、今日は三つ編みにしていた。目を丸くして私を見る。


「腰より髪が長い人! 一緒に来て!」

「あっ! わかりましたっ」


 すぐ見つけた方だと思ったけど、私たちは2位だった。それでも高得点ゲットにクラスの方から歓声が聞こえてくる。


「ぜえ……はあ……ありがとね、小城さん」

「はあ……はあ……いえ。私こそクラスに貢献できましたから! ありがとうございます」


 いい子だねえ! とハグするとギュッと腕をまわしてくれた。それからハイタッチして別れ、クラスに戻ってからもハイタッチ大会だった。

 最後の一人がうちのクラスの前に来て「フルでツクツクボウシのモノマネできる人……! 頼む! フルじゃないとダメだって、審判厳しいんだよアイツう!」と呼びかけている。

 スッ、と手を上げ一人の男子が立ち上がった。


「去年から準備してきた修行の成果を見せてやる」

「なんだお前頼もしすぎか。ありがとう」


 肩を組んで2人で走って行くのを見て、また笑いが起きた。
< 31 / 109 >

この作品をシェア

pagetop