婚約者は霧の怪異
繋がり、理解、覚悟。
昼休みのアナウンスがグラウンドから階段の影に隠れて座っている私の耳に届く。
生徒たちが好きな場所に散り始めるのを声で感じた。
……あ、お弁当……教室か。誰もいないうちに取りに行けば良かった。
クラスから逃げ続けるわけにはいかない。でもせめて少し落ち着くまで、ゆっくり頭の中を整理する時間が欲しい。
ポコン。と体育座りしている私の頭に何かが乗せられた。
「入津(いりづ)怜音が中庭で探しているぞ。行ってやれ」
三栖斗だった。どうやって居場所がわかったのかは訊くだけ野暮な気がする。
見上げながら恐る恐る自分の頭の上にあるものを掴むと、私のお弁当が入った保冷バッグだった。
「……ねえ」
「ん?」
「……さっきの、本当なの?」
「弘則クンはああいう冗談は言わないだろ。君の方が知っている」
スマホが鳴った。怜音からの電話だ。
通話ボタンをタップしてスマホを耳に当てると、心配そうな声が聞こえてくる。
『雛芽? どこにいるの? 大丈夫? ごめんね私、騒いじゃって』
「ううん、謝らないで。私こそいきなりいなくなってごめん」
怜音は「一緒にご飯食べよう」と優しく言ってくれた。落ち着いて過ごしたい私の気持ちを考えてくれて、ここに来てくれるみたい。
通話を切ると、まだ三栖斗はそこにいた。……こいつと一緒に食べるつもりはない。
「そう困った顔をするな。私は他へ行く」
「うん……。あの、さ」
「弘則クンにどう接すればいいか、か?」
「違うよ。……それは確かに悩んでるけど、そんな事あなたに訊かない……」
これを訊くのはすごく、恥ずかしいけど。
「あなた本当に私が好きなの?」
「?」
私がびくびくしながら発した言葉を、彼は首を傾げて噛み砕くように理解しようとしているみたいだった。
「ふむ? なぜ私が疑われている?」
「疑うっていうか……その、いつも余裕すぎて何考えてるかわからないし。弘則と並んでるのを見て余計に思ってしまったの。……あなたはまるで“ゲーム”を楽しんでいるみたい」
「……私は」
穏やかだけど聞いた事がないくらいの低い声が耳に響き、ギョッと三栖斗の顔を見るけど、彼の表情はいつも通りに見える。
――……顔に出さないけど、感情だけが声に現れていて……それが、私に後悔させる。失言だったと。
「言ったはずだが。遊びではないと」
怖くない。怒っているけど、同時にそれよりもっと……別の感情が見える。
「ごめんなさい」
「いや、私も疑われるような振る舞いだったという事で」
「これは……さっきの失言に更に失言を重ねるかもしれないけど、正直に言うね」
ああ、ごめんってば。そんな顔をしないでよ。
「偏見だった。あなたが自分をそう呼ぶからバケモノ、って言うけど。バケモノに……ひとりの人間に振り回されるような感情、ないって無意識に思っちゃってたみたい。本当にごめん」
「? 何の話だ」
「あなた今悲しいでしょ」
長い沈黙の後、彼は突然「ふはっ」と笑いだす。
「くっ……くくく……! 君は……ふふ、なんだそれは。本当に正直な感想だな! いや、私も意外だ。そんなにわかりやすかったか!」
「ね、ねえ、そこ笑うとこなの?」
「ああ笑うところだ。私はそんな感情、君に見せるつもりはなかった。だから怒っているだけのふりをした。格好が付かないとおもったからな。……けれど、それが間違いだったようだ。これがあるからコミュニケーションというものはわからない。わからなくて、おもしろい」
生徒たちが好きな場所に散り始めるのを声で感じた。
……あ、お弁当……教室か。誰もいないうちに取りに行けば良かった。
クラスから逃げ続けるわけにはいかない。でもせめて少し落ち着くまで、ゆっくり頭の中を整理する時間が欲しい。
ポコン。と体育座りしている私の頭に何かが乗せられた。
「入津(いりづ)怜音が中庭で探しているぞ。行ってやれ」
三栖斗だった。どうやって居場所がわかったのかは訊くだけ野暮な気がする。
見上げながら恐る恐る自分の頭の上にあるものを掴むと、私のお弁当が入った保冷バッグだった。
「……ねえ」
「ん?」
「……さっきの、本当なの?」
「弘則クンはああいう冗談は言わないだろ。君の方が知っている」
スマホが鳴った。怜音からの電話だ。
通話ボタンをタップしてスマホを耳に当てると、心配そうな声が聞こえてくる。
『雛芽? どこにいるの? 大丈夫? ごめんね私、騒いじゃって』
「ううん、謝らないで。私こそいきなりいなくなってごめん」
怜音は「一緒にご飯食べよう」と優しく言ってくれた。落ち着いて過ごしたい私の気持ちを考えてくれて、ここに来てくれるみたい。
通話を切ると、まだ三栖斗はそこにいた。……こいつと一緒に食べるつもりはない。
「そう困った顔をするな。私は他へ行く」
「うん……。あの、さ」
「弘則クンにどう接すればいいか、か?」
「違うよ。……それは確かに悩んでるけど、そんな事あなたに訊かない……」
これを訊くのはすごく、恥ずかしいけど。
「あなた本当に私が好きなの?」
「?」
私がびくびくしながら発した言葉を、彼は首を傾げて噛み砕くように理解しようとしているみたいだった。
「ふむ? なぜ私が疑われている?」
「疑うっていうか……その、いつも余裕すぎて何考えてるかわからないし。弘則と並んでるのを見て余計に思ってしまったの。……あなたはまるで“ゲーム”を楽しんでいるみたい」
「……私は」
穏やかだけど聞いた事がないくらいの低い声が耳に響き、ギョッと三栖斗の顔を見るけど、彼の表情はいつも通りに見える。
――……顔に出さないけど、感情だけが声に現れていて……それが、私に後悔させる。失言だったと。
「言ったはずだが。遊びではないと」
怖くない。怒っているけど、同時にそれよりもっと……別の感情が見える。
「ごめんなさい」
「いや、私も疑われるような振る舞いだったという事で」
「これは……さっきの失言に更に失言を重ねるかもしれないけど、正直に言うね」
ああ、ごめんってば。そんな顔をしないでよ。
「偏見だった。あなたが自分をそう呼ぶからバケモノ、って言うけど。バケモノに……ひとりの人間に振り回されるような感情、ないって無意識に思っちゃってたみたい。本当にごめん」
「? 何の話だ」
「あなた今悲しいでしょ」
長い沈黙の後、彼は突然「ふはっ」と笑いだす。
「くっ……くくく……! 君は……ふふ、なんだそれは。本当に正直な感想だな! いや、私も意外だ。そんなにわかりやすかったか!」
「ね、ねえ、そこ笑うとこなの?」
「ああ笑うところだ。私はそんな感情、君に見せるつもりはなかった。だから怒っているだけのふりをした。格好が付かないとおもったからな。……けれど、それが間違いだったようだ。これがあるからコミュニケーションというものはわからない。わからなくて、おもしろい」