婚約者は霧の怪異
 ……そっか、そうかもね。

 何考えてるからわからないから何言ってもいいなんて、そんなのは絶対違う。
 そんなこともわかってなくて、こんな失礼な事言って理解しあえるくらい、私たちは繋がってなかった。

 私にとっての第一印象は最悪だし、今でも結婚なんてごめんだけど。

 だけど、それだけで(ないがし)ろにしていいものってそんなに多くない。


「これは、私のこれは染みついた性格だ。感情はむき出しにしない。弱みは見せず、決して何者にも喰われてはならないからだ。だから多少不器用だろうが、君の前では少し正直に表に出していく方がいいようだ」


 じゃり、と一歩彼が私に近づき……狭いこの階段下のスペースで私と彼の間にできているスペースなんて、そんなにない。

 少しかがみ、目線をあわせたその目は睨むでもなくまっすぐ私を見ているだけなのに、熱が伝わってくる。嘘じゃない。嘘じゃない嘘じゃない。今私はそれを、わからせられている。

 私の顔、今ひどいことになっているんだろうな。


「雛芽、私は君を愛している」


 ヒリヒリとした痛みのような感覚が、どっと胸に押し寄せるような衝撃さえ感じる。


「初めて会った時より、ただ見守っていた時より」

「あ、あのさ……もう」

「再開してから、もっと」

「もうわかったから!!」


 横をすり抜けるように広いスペースへ逃げ、三栖斗の背中を見ながらそれを言うのがやっとだった。

 振り向いた彼はいつもの様子でニコリと笑い、ここから立ち去ろうと階段下から出てくる。


「私も食事に行こう」

「あ……うん、そうだね」

「……さっき言っていた君の悩みだが」


 え? と手で顔をはさんで頬の熱を冷ましていると、教室の方へ歩きながら彼は「弘則クンとどう接すればいいかというアレだ」と言った。


「私は今まで通りでいいと思うぞ。君はーーあの頃から変わっていないなら彼の事を弟のようなものだとしか思っていない。それでいいんじゃないか」

「……でも、弘則はきっとそれじゃ」

「中途半端な態度は彼を傷つけるかもしれないぞ」


 なんで三栖斗がそんな助言をするのか、冷静に判断するまでに時間を要したのは本当に不覚。


「君は彼など見向きもせずに私だけを見てくれればいい」

「ばっ」


 それはあんたの願望でしょ!! と言う元気はなかった。

 それだけ言い残して、彼はさっさとどこかへ行ってしまった。

 ため息を吐いて、元いた階段下へ戻り、座ってお弁当を膝の上に乗せて怜音を待つ。

 ああ、きっと色々訊かれる。もう何から話せばいいんだか、こんなの……。
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