婚約者は霧の怪異
◇
私はなんだか疲れてしまったのもあって、ティーポットの中のお茶が空になるまではここでゆっくりしていく事にした。
「この際だ。疑問に思っていることは何でも訊いてくれ」
「疑問が多すぎて一気に聞くと情報の処理が追い付かないわ」
1杯目を飲み干し、ティーポットのフタをカチャリとあけて残量を確認する。もう1杯ずつで終わるだろう。
自分のカップに紅茶を注いでいると、机の上に置いたスマホからポコンという通知音が鳴った。――弘則だった。
あんなに待っていたメッセージなのに、読むのが怖い。見ないのかと言われて、ようやく通知をタップする。
「何だって?」
「……一緒に帰ろうって」
「ここへ呼ぶか?」
一生懸命息を吹きかけて冷ましても、まだ熱い。急いで飲み干して帰るにしても、待たせてしまいそう。それならば……と考えてから、いやいやと首を振った。
よりにもよって今日私がここにいる事を弘則はどう思うだろう。
「別に問題ないだろう」
「……ひとの頭の中を読まないでよ」
「読んでいない。顔に出ている」
手で顔をめちゃくちゃに揉んでから、フーッ……と深く息を吐く。
「ここに3人でって、最高に居心地は良くなさそう。気まずすぎでしょ」
「まあ君はそうだろうな」
三栖斗はソファーに座ったまま後ろのデスクに手を伸ばし、卓上カレンダーのようなものを取った。けれどそれはカレンダーじゃなくて、時計の文字盤のように丸く並べられた文字の中を漢数字が泳ぐようにゆったりと動き回っている、不思議なものだった。
それを見ながら「ふむ」と指でなぞる。
「何それ」
「ご想像の通り、カレンダーだ」
「……やっぱり頭の中読んでる?」
「心配しなくとも私にそんな力はない」
弘則への返事に迷っている間にも、できる限りお茶を飲む。もうカップの半分くらいまでは飲んでしまった。思っていたよりも早く飲み終わりそうだから早めに帰るかな。
スマホで返事を打ち込み始めると、三栖斗が私の名前を呼んだ。
「何?」
「帰るのは構わないが代わりに次の機会の約束をしたい」
今からゆっくり話をして過ごそうとしていた予定がナシになったのでまた来てくれということみたい。普通に話すだけなら別にいいけど……確かに少しずつ色々質問したいとは思ってたし。
「放課後空いてるときに来ればいいの? でも放課後は部活があるでしょ」
「そう。だから放課後ではなく日曜に。ここでは退屈だろうから外で」
「ああ、言いたいことはわかった」
つまり、デートか。
「その気もないのに期待させない方がいいだろうしお断りします」
「私たちの場合は問題ないと思うのだが」
「それ以前の問題なの」
ううむ……とうなって目を閉じ、腕を組んで何か考えているようなのでその隙にぐいーっと紅茶を飲み干した。
「……訊きたいことはあるから、銀河先輩も一緒ならいいけど」
「……なるほど。相談しておく」
カバンを抱えて立ち上がり「お茶ごちそうさまでした」と言って出口の扉を開けると、目の前に銀河先輩が立っていて思わず悲鳴をあげた。
「そんなにびっくりしなくていいのに」
「すみ、すみません……!」
謝りながら廊下に出る。そして今度は扉が開いているうちに中に入ろうとした銀河先輩が、にゅっと顔だけ出した三栖斗に悲鳴をあげた。
「ちょうど良かった、銀河。君、いつでもいいから日曜日私たちに付き合ってくれないか」
「日曜~? 何するのかわかんないけど、いつでもいいなら早めの方が助かる。夏までに色々顔見せに行こうかと思ってるし。いっそ明日でも」
「……だそうだ」
い、いきなりだなあ。
でも銀河先輩、忙しそうだし仕方ないか……。
「わかった。じゃあ、明日で。ここに来ればいい?」
「ああ。10時頃でどうだ」
「うん、大丈夫」
それだけ言って、昇降口の方へ向かった。
私はなんだか疲れてしまったのもあって、ティーポットの中のお茶が空になるまではここでゆっくりしていく事にした。
「この際だ。疑問に思っていることは何でも訊いてくれ」
「疑問が多すぎて一気に聞くと情報の処理が追い付かないわ」
1杯目を飲み干し、ティーポットのフタをカチャリとあけて残量を確認する。もう1杯ずつで終わるだろう。
自分のカップに紅茶を注いでいると、机の上に置いたスマホからポコンという通知音が鳴った。――弘則だった。
あんなに待っていたメッセージなのに、読むのが怖い。見ないのかと言われて、ようやく通知をタップする。
「何だって?」
「……一緒に帰ろうって」
「ここへ呼ぶか?」
一生懸命息を吹きかけて冷ましても、まだ熱い。急いで飲み干して帰るにしても、待たせてしまいそう。それならば……と考えてから、いやいやと首を振った。
よりにもよって今日私がここにいる事を弘則はどう思うだろう。
「別に問題ないだろう」
「……ひとの頭の中を読まないでよ」
「読んでいない。顔に出ている」
手で顔をめちゃくちゃに揉んでから、フーッ……と深く息を吐く。
「ここに3人でって、最高に居心地は良くなさそう。気まずすぎでしょ」
「まあ君はそうだろうな」
三栖斗はソファーに座ったまま後ろのデスクに手を伸ばし、卓上カレンダーのようなものを取った。けれどそれはカレンダーじゃなくて、時計の文字盤のように丸く並べられた文字の中を漢数字が泳ぐようにゆったりと動き回っている、不思議なものだった。
それを見ながら「ふむ」と指でなぞる。
「何それ」
「ご想像の通り、カレンダーだ」
「……やっぱり頭の中読んでる?」
「心配しなくとも私にそんな力はない」
弘則への返事に迷っている間にも、できる限りお茶を飲む。もうカップの半分くらいまでは飲んでしまった。思っていたよりも早く飲み終わりそうだから早めに帰るかな。
スマホで返事を打ち込み始めると、三栖斗が私の名前を呼んだ。
「何?」
「帰るのは構わないが代わりに次の機会の約束をしたい」
今からゆっくり話をして過ごそうとしていた予定がナシになったのでまた来てくれということみたい。普通に話すだけなら別にいいけど……確かに少しずつ色々質問したいとは思ってたし。
「放課後空いてるときに来ればいいの? でも放課後は部活があるでしょ」
「そう。だから放課後ではなく日曜に。ここでは退屈だろうから外で」
「ああ、言いたいことはわかった」
つまり、デートか。
「その気もないのに期待させない方がいいだろうしお断りします」
「私たちの場合は問題ないと思うのだが」
「それ以前の問題なの」
ううむ……とうなって目を閉じ、腕を組んで何か考えているようなのでその隙にぐいーっと紅茶を飲み干した。
「……訊きたいことはあるから、銀河先輩も一緒ならいいけど」
「……なるほど。相談しておく」
カバンを抱えて立ち上がり「お茶ごちそうさまでした」と言って出口の扉を開けると、目の前に銀河先輩が立っていて思わず悲鳴をあげた。
「そんなにびっくりしなくていいのに」
「すみ、すみません……!」
謝りながら廊下に出る。そして今度は扉が開いているうちに中に入ろうとした銀河先輩が、にゅっと顔だけ出した三栖斗に悲鳴をあげた。
「ちょうど良かった、銀河。君、いつでもいいから日曜日私たちに付き合ってくれないか」
「日曜~? 何するのかわかんないけど、いつでもいいなら早めの方が助かる。夏までに色々顔見せに行こうかと思ってるし。いっそ明日でも」
「……だそうだ」
い、いきなりだなあ。
でも銀河先輩、忙しそうだし仕方ないか……。
「わかった。じゃあ、明日で。ここに来ればいい?」
「ああ。10時頃でどうだ」
「うん、大丈夫」
それだけ言って、昇降口の方へ向かった。