婚約者は霧の怪異
「先輩たちはどのくらい長生きなんですか」


 先輩たちは数十年の話を大したことじゃないように話す。


「私は、待ってねえっと……今、多分ギリ500年経ってないはず」

「ご、ごひゃくねん……」

「私は……まだ300年そこらじゃないか」

「さんびゃくねん……」


 銀河先輩の年齢を聞いた後だと三栖斗がまだまだに感じてしまう……感覚がおかしくなってきた。


「寿命って意味なら私たちはね、基本……誰かの記憶に残っていればいくらでも存在を維持できるのよ。だから、繋がりって大事なの。誰からも忘れられてしまうと、消えてしまうからね」

「逆に、終わりを迎えたいならどこかに一人で閉じこもって忘れられるのを待つしかない」

「一回それやってみたけどやることなさ過ぎて暇になって途中でやめちゃったわアハハハハ」

「君の場合は顔が広すぎて永遠に無理そうだな」


 まあね。銀河先輩は味噌汁を飲み干し、ぺろりと唇をなめた。

 …………私に、そんな生き方できるのかな。何百年も……。


「世界は目まぐるしく変わり続けるし、どんなにちっぽけでも世界の渦の中の1人である限りちゃんと目を開いてさえいれば退屈しないものよ。変化に疲れたら、ここに来ればいい。ここは時間の流れがゆっくりで、昔から大して変わらない」


 先輩は続ける。

 だから、私たちと同じような存在のバケモノ達は誰かを極力愛さないように、必要以上の関わりを持たない。

 永遠に疲れた時、愛の繋がりがある限りお互いを忘れることなどできないからだ。

 つまり、例外はあれど……言葉通り“愛は永遠”なのだ、と。


「でもダメよね。“気持ち”って、思うこと自体はコントロールできないもの。だからごくごく普通に夫婦も存在する。永遠は別に罪でもないし、生き方は自由。いつか苦痛に思うようになる日が来るのが怖いだけ。それに、私も愛は素敵なものだと思うわ」


 ねっ、と先輩が三栖斗にウインクした。

 空っぽになった3つの釜を店員さんが下げ、これもセットらしいデザートのわらび餅が運ばれてきた。プルプルの透明な餅をつついてから口に入れる。……うん、たまらなくやさしい甘さ。


「――あと、私が三栖斗と最初に会った時の事を覚えてないっていう件なんだけど。記憶を取り戻すって言ってたよね。それって、どうにかできるような事なの?」

「あの時の事は君にとって強烈な記憶だったはずだ。普通なら、忘れている事なんて決してあり得ないだろう。となると、私は“誰かの意志”でそうなっていると思うんだが、銀河……君はどう思う?」

「私もそれで間違いないと思うなあ。橘さんにその時の事を覚えていてほしくない誰かが、記憶を抜き取った。その誰かがわかれば、とりあえず突撃! ……でいいんじゃないかしら」

「うむ。私も色々調べてまわってはいるんだがなぁ」


 三栖斗のように、記憶をいじるのは誰でもできることではないらしい。


「私は霧のバケモノだからな。記憶をいじるにしても霧で隠すようなイメージで、それしかできない。隠すか、晴らすか。……で、君の場合は隠されているんじゃないんだ。夢で確認した事があったろう? 君の記憶は、抜き取られている」


 それができる者を洗い出すところでなかなか苦戦していてな。と続けた。

 そして、じっと私を間近で見つめる。


「な、何よ」

「雛芽、あの時の事を誰かに話した覚えはないか? それがわかれば早いと思うんだが」

「ないよそんなの!」


 あっても教えないと思う。

 ……ともかく、そっちの方から負ける心配は当分ないみたい。ちょっと安心した。
< 45 / 109 >

この作品をシェア

pagetop