婚約者は霧の怪異
「へ?」


 茫然と画面の文字を見ていると、すぐ近くで「えええ!?」と心底困ったような声がする。


「そんな事言われても……先輩!? せんぱーーーい!?」


 どうやら私の友達が途中でいなくなった事で何かを察した先輩2人に逃げられたらしい。

 ……多分、今の私と彼は同じ表情をしていると思う。

 思い通りになるのは気に入らないけど、彼をこの中に一人で置き去りにする事もできない。

 近づいて行って、肩を叩き「やられたね、お互い」と声をかけると、状況を理解した弘則は「嘘でしょ……」と真っ赤な顔で固まった。

 その時、ドン……! と花火が上がる。けれどここでは建物に隠れて見えなかった。


「とりあえず移動しよっか。みんなも見える所に移動してるだろうし」

「あ、うん。そうだね」


 花火が上がり始め、急いで移動を始めた人で道はいっぱいだった。

 その大勢の中の一人になって、ちまちまと歩いていると左手に何か触れた。それは私が手を引っ込める間もなく、しっかりと指を包んでしまった。


「雛ちゃんまで、はぐれそうだから」

「え、そ、そう……か」


 ドクドクと心臓がうるさい。

 うるさい、のに。冷静な自分がいる。離れなきゃって思う自分が。

 ……私、そんなに臆病だっけ。いけない、今日は楽しむために来てるのに。


「わ……っ! すごいね!」


 坂を上り、少し高い所から空を見上げる。次々とあがる花火が本当にきれいだ。

 花火を見る場所を見つけて、そこに落ち着いても、弘則はつないだ手を離さなかった。


「雛ちゃん?」

「えっ!? なに?」

「どうしたのボーッとして」


 弘則が私の顔を覗き込む。


「いや……なんでも、ない」

「…………そっか」


 私がつないだ手に何か言うのだと思っていたらしい。

 いいんだね。というように目を伏せて、再び弘則は花火を見上げる。

 なんで、何も言わなかったんだろ。私。


 苦しい。

 私の中で、答えが出始めている。


 花火を眺めながら、私はなぜだか寂しさのようなものを感じていた。
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