婚約者は霧の怪異
◇
帰り道、同じマンションだからそのまま流れで一緒に電車に乗って、最寄り駅から並んで歩く。
「俺、歩くの早くない?」
「大丈夫だよ、ありがとね」
今はもう手はつながれていないけど、弘則は私の歩くペースにあわせてゆっくり歩いてくれた。
「弘則、あのね」
「ん?」
私は顔を見れずに俯く。
「こういうのは、早い方がいいと思って」
「……やだなぁ。ははは……怖いな」
私が何を言おうとしているのか、弘則は察する。
もう少し時間をくれないの? くらい言ってもいいとは思う。我ながら、変な話ではあるけど。
けれど、そこは昔からよく知ってる仲だから言って来ない。私がもう、決めたのを知っている。
「私、弘則と付き合えない」
「……うん…………」
とてもやさしい「うん」だった。
その先を言おうとしているのに、でも言葉にならない精いっぱいの弘則を隣で感じ――それだけで、なぜか私の方が悲しくなって涙が浮かんでくる。
「…………理由を……、訊いても、いい?」
「ごめんね、うまく……言えないんだけど。アイツが、好きだとかそういうのじゃないの。今日手をつないで、すっごく心臓がバクバク言ってたけど……でも、何か違った」
早く離さなきゃって、そればかり考えてた。弘則の事は大切だし大好きだけど、それが愛になる事はないって、わかってしまうの。
それがわかってるなら、引き伸ばして期待させるより、もっといい人を見つけてもらった方がいいって。わかってるなら、早く言うべきだって。
「……多分さ、俺と雛ちゃん……近すぎたんだね」
「私もそう思う」
弘則が、ゆっくり深呼吸をする。
「だってこれだけでわかってくれてるんだもん……。本当に、いい奴だよ……」
「…………」
マンションの敷地内に着いた。
エントランスに入る前に、お互いぼーっと自分の部屋のある5階のあたりを見上げる。
「……俺が引き下がったらさ、雛ちゃんこれからどうするの? 佐古先輩のこと」
「…………もう、変に意識せずに普通にしてようかなって。なんか、それが一番いい気がする」
「……そう」
ゆっくりと視線を下ろし、それから私の方を見て弘則はふんわりと微笑んでくれる。
「今日はさ。2つ変なお願いしていい?」
「えっと、内容による」
「1つめは、今日は先にエレベーターで上がっていってほしい。つまり、ここで解散」
「……2つめは?」
「……最後に、ぎゅってしていい?」
少し迷って、頷いた。
最後って言ったら、彼は本当に最後にする奴だ。
そのくらいはきいてあげたい。
控えめに腕をまわし、その後少し強めに抱きしめられた。
「今日までありがとう。……言ってくれて、ありがとう。これからも、よろしくね」
それだけ言うと、するりと解放される。
「じゃあ、おやすみ。雛ちゃん」
「うん、おやすみ……弘則」
私はうまく笑えなくて、情けなく一人エレベーターへ向かう。
でも、胸のつかえがとれた気がした。
明日からまた、大切な幼馴染に――私たちなら戻れる。
帰り道、同じマンションだからそのまま流れで一緒に電車に乗って、最寄り駅から並んで歩く。
「俺、歩くの早くない?」
「大丈夫だよ、ありがとね」
今はもう手はつながれていないけど、弘則は私の歩くペースにあわせてゆっくり歩いてくれた。
「弘則、あのね」
「ん?」
私は顔を見れずに俯く。
「こういうのは、早い方がいいと思って」
「……やだなぁ。ははは……怖いな」
私が何を言おうとしているのか、弘則は察する。
もう少し時間をくれないの? くらい言ってもいいとは思う。我ながら、変な話ではあるけど。
けれど、そこは昔からよく知ってる仲だから言って来ない。私がもう、決めたのを知っている。
「私、弘則と付き合えない」
「……うん…………」
とてもやさしい「うん」だった。
その先を言おうとしているのに、でも言葉にならない精いっぱいの弘則を隣で感じ――それだけで、なぜか私の方が悲しくなって涙が浮かんでくる。
「…………理由を……、訊いても、いい?」
「ごめんね、うまく……言えないんだけど。アイツが、好きだとかそういうのじゃないの。今日手をつないで、すっごく心臓がバクバク言ってたけど……でも、何か違った」
早く離さなきゃって、そればかり考えてた。弘則の事は大切だし大好きだけど、それが愛になる事はないって、わかってしまうの。
それがわかってるなら、引き伸ばして期待させるより、もっといい人を見つけてもらった方がいいって。わかってるなら、早く言うべきだって。
「……多分さ、俺と雛ちゃん……近すぎたんだね」
「私もそう思う」
弘則が、ゆっくり深呼吸をする。
「だってこれだけでわかってくれてるんだもん……。本当に、いい奴だよ……」
「…………」
マンションの敷地内に着いた。
エントランスに入る前に、お互いぼーっと自分の部屋のある5階のあたりを見上げる。
「……俺が引き下がったらさ、雛ちゃんこれからどうするの? 佐古先輩のこと」
「…………もう、変に意識せずに普通にしてようかなって。なんか、それが一番いい気がする」
「……そう」
ゆっくりと視線を下ろし、それから私の方を見て弘則はふんわりと微笑んでくれる。
「今日はさ。2つ変なお願いしていい?」
「えっと、内容による」
「1つめは、今日は先にエレベーターで上がっていってほしい。つまり、ここで解散」
「……2つめは?」
「……最後に、ぎゅってしていい?」
少し迷って、頷いた。
最後って言ったら、彼は本当に最後にする奴だ。
そのくらいはきいてあげたい。
控えめに腕をまわし、その後少し強めに抱きしめられた。
「今日までありがとう。……言ってくれて、ありがとう。これからも、よろしくね」
それだけ言うと、するりと解放される。
「じゃあ、おやすみ。雛ちゃん」
「うん、おやすみ……弘則」
私はうまく笑えなくて、情けなく一人エレベーターへ向かう。
でも、胸のつかえがとれた気がした。
明日からまた、大切な幼馴染に――私たちなら戻れる。