婚約者は霧の怪異
「うん。ま、打ち上げは文化祭後にやるだろうからそれを最後にしてね。生徒名簿から銀河梓を消して、ふわーっといなくなろうと思ってるわ。おそらく部員のみんなには“3年に1人、継野先輩以外の部員がいた気がするけど顔も名前も思い出せない”って感じになると思うのよね」

 困惑する顔を見るのがちょっと楽しみ。と先輩は笑った。


「でも、まあその後は新入部員としてまた顔と名前を変えてここに来るつもりよ。1年か、2年かまだ決めてなかったけど。アンタ達が2年なら2年生にしよっかな~」

「どうせやるのならそうしてくれ。君に敬語を使うのも使われるのも疲れる」

「また居ないはずの2年生が増える……」


 私が頭を抱える。

 銀河先輩が楽しそうに笑った。


「それに2年生、10月には修学旅行があるじゃない! アンタ達と旅行に行けるって楽しそう! あ、お金用意しておかなきゃ」


 修学旅行は早めに怜音達と予定を埋めておこう。銀河先輩や三栖斗となるべく関わらないように予定を組もう。

 そう心に決めた次の瞬間には「ね! 一緒に自由時間まわりましょうよ!」と満面の笑みで言われ、めちゃくちゃ断りづらくなってしまった。今日までに先約を得なかった事を心の底から後悔する。


 でも――とにかく今は文化祭。

 映画撮影と部活の両立が大変そうだけど、成功させなくちゃ。







 数日後、脚本チームから台本が出来上がったとホームルームでの報告があり、映画の台本が配られた。

 30分前後の長さを想定して作られた、探偵もののコメディ作品だ。

 絶対にカメラに映りたくないという人を除いて、男女に分かれて配役のくじ引きをする。人数的にはクラスの半数くらい。


「怜音何だった?」

「屋敷のお手伝いさん」

「あ、いいじゃん」

「雛芽は?」

「社長夫人だって。ほら、社長が第一犠牲者でその後疑心暗鬼になって、一人自室に閉じこもるポジション」


 怜音が「それ第二犠牲者になるパターンじゃん!」と大笑いする。まあ実際そうなのだ。台本を見たって、フラグを立てたら即回収――つまり前半で退場している。

 監督チームがくじ引きの結果を確認してまわり、黒板に配役を書いていく。


「あ、やばい……助手役が戸畑くんじゃん」

「うわぁ、アドリブ入れてきそう。笑わずにいられるかな」


 例のツクツクボウシのモノマネで全校生徒の人気者になった男子生徒だ。

 クラスのムードメーカーで、今回も中心人物の一人としてみんなを引っ張っていってくれるんだろうな。

 クラスのみんなが彼の名前が書かれた途端、ワッと笑いだす。

 その隣に犯人役の女子の名前が書かれ、続いて第一犠牲者の屋敷の主人――社長役の生徒の名前が書かれた。

 思わず吹き出す。


 佐古 と書かれていたのだ。


 第一犠牲者……あの、バケモノが第一被害者って。

 その隣に第二犠牲者として私の名前が並ぶ。クラスはまたざわついた。


「ふむ」


 まるで自分が探偵かのようなポーズで三栖斗が、いつの間にか私の隣で黒板を見つめていた。


「夫婦役か。よろしくな、雛芽」

「……え。……あ」


 これってただの偶然だよね?
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