婚約者は霧の怪異
「どういう……事……?」
弘則に尋ねる。
弘則は黙ったまま、ミストを睨むようにじっと見つめていた。
ぱん! とミストが両手を合わせ、嬉しそうに笑う。
「思い出してくれたみたいだね、弘則クン」
「……いいえ、全部は……わかりません。でも、俺は……前にも雛ちゃんがこうなるのを見た。そこに……あなたもいた」
「うん、それで十分だ。君はあの日本当に怖い思いをしてしまったようだから、記憶に霞をかけておいたんだ」
前にも……?
「ちょ……ちょっと待って、前にも……私……?」
今飲んだ紅茶に何か入っていて、そのせいでああなったんじゃないの……?
「半分それで正解だ。……ほら、話す事が多すぎて何から話せばいいかわからないと言っただろ? 君は……知らないことが多すぎる」
「は……はあ?」
「例えば」
楽しそうに人差し指をピンと立てて、それをミストは自らの口元へ。内緒話をするように声を潜めて話を続ける。
「君の中に流れる血。そこには生まれつき僅かに人間でないモノの血が混じってる」
「な、何言ってるの……! 私は人間よ」
「ふふふ……私がさっき君に飲ませたものは、その“僅か”な部分に呼び掛けて、元からあったものを目覚めさせただけ。それで君は自分を見失いかけて、形を保てなかった」
「……あなた、何がしたいの」
キッとミストを睨む。
カラカラと笑って、彼は「だから」と答えた。
「君と将来夫婦(めおと)になりたいんだ」
「わ……っけがわからないんだけど……?」
「んん……? あれ? 銀河、今どきの若い女の子は強引にアタックされるのが好きなんだって言ってなかったか?」
あきれた顔で遠くから見物していた銀河先輩は「はあ」とわざとらしくため息を吐く。
「いきなり婚約しましょう、人間やめましょう、ていうか君もともと人外の血が混じってるから問題ないよね……って言われて喜ぶ子はいないと思うわ。というか情報量が多すぎて整理できないと思う」
この先輩に同意するのは本当に嫌だけど、まさしくその通りだわ。
正直何もかもなかったことにして帰りたい。
「私はこれでも小出しにしてるつもりなんだがなぁ。そして極力、フレンドリーに」
ミストはクックックと喉を鳴らして、反省の色などこれっぽっちも見せずにソファの背もたれに肘をかけた。
「と、とにかく! 私はそういうおかしな話は信じないし! 婚約も絶対に嫌! お断りします!」
「だから断れないんだってば」
「なんでよ! あなた自分が滅茶苦茶言ってるのわかってる!?」
「君が覚えていないだけで、私達は前に約束したからな」
もう面白おかしく笑うのはやめたらしい。
少しぬるくなった紅茶を飲んで、満足そうに息を吐いている。
「……うん、そうだな。私は君に嫌われたいわけじゃない。怖がらせたことについては謝る」
そしてカップを置き、すくっと立ち上がった。
「今日はこの辺にしよう。また改めて私から会いに行く事にする」
……いえ、もう会わなくていいです。と言いたかったけど、もうそんな気力もなかった。
弘則の顔色も相変わらず悪く、納得いかないまま私と弘則は逃げるように部屋を出た。
そこにはもう霧は無くて、吹奏楽部の練習音や、生徒たちの声があちこちから聞こえるいつもの校舎だった。
たった今出てきた扉の方を振り向き、目を見開く。
そこには扉なんてなくて、ただ真っ白な壁があるだけだった。
弘則に尋ねる。
弘則は黙ったまま、ミストを睨むようにじっと見つめていた。
ぱん! とミストが両手を合わせ、嬉しそうに笑う。
「思い出してくれたみたいだね、弘則クン」
「……いいえ、全部は……わかりません。でも、俺は……前にも雛ちゃんがこうなるのを見た。そこに……あなたもいた」
「うん、それで十分だ。君はあの日本当に怖い思いをしてしまったようだから、記憶に霞をかけておいたんだ」
前にも……?
「ちょ……ちょっと待って、前にも……私……?」
今飲んだ紅茶に何か入っていて、そのせいでああなったんじゃないの……?
「半分それで正解だ。……ほら、話す事が多すぎて何から話せばいいかわからないと言っただろ? 君は……知らないことが多すぎる」
「は……はあ?」
「例えば」
楽しそうに人差し指をピンと立てて、それをミストは自らの口元へ。内緒話をするように声を潜めて話を続ける。
「君の中に流れる血。そこには生まれつき僅かに人間でないモノの血が混じってる」
「な、何言ってるの……! 私は人間よ」
「ふふふ……私がさっき君に飲ませたものは、その“僅か”な部分に呼び掛けて、元からあったものを目覚めさせただけ。それで君は自分を見失いかけて、形を保てなかった」
「……あなた、何がしたいの」
キッとミストを睨む。
カラカラと笑って、彼は「だから」と答えた。
「君と将来夫婦(めおと)になりたいんだ」
「わ……っけがわからないんだけど……?」
「んん……? あれ? 銀河、今どきの若い女の子は強引にアタックされるのが好きなんだって言ってなかったか?」
あきれた顔で遠くから見物していた銀河先輩は「はあ」とわざとらしくため息を吐く。
「いきなり婚約しましょう、人間やめましょう、ていうか君もともと人外の血が混じってるから問題ないよね……って言われて喜ぶ子はいないと思うわ。というか情報量が多すぎて整理できないと思う」
この先輩に同意するのは本当に嫌だけど、まさしくその通りだわ。
正直何もかもなかったことにして帰りたい。
「私はこれでも小出しにしてるつもりなんだがなぁ。そして極力、フレンドリーに」
ミストはクックックと喉を鳴らして、反省の色などこれっぽっちも見せずにソファの背もたれに肘をかけた。
「と、とにかく! 私はそういうおかしな話は信じないし! 婚約も絶対に嫌! お断りします!」
「だから断れないんだってば」
「なんでよ! あなた自分が滅茶苦茶言ってるのわかってる!?」
「君が覚えていないだけで、私達は前に約束したからな」
もう面白おかしく笑うのはやめたらしい。
少しぬるくなった紅茶を飲んで、満足そうに息を吐いている。
「……うん、そうだな。私は君に嫌われたいわけじゃない。怖がらせたことについては謝る」
そしてカップを置き、すくっと立ち上がった。
「今日はこの辺にしよう。また改めて私から会いに行く事にする」
……いえ、もう会わなくていいです。と言いたかったけど、もうそんな気力もなかった。
弘則の顔色も相変わらず悪く、納得いかないまま私と弘則は逃げるように部屋を出た。
そこにはもう霧は無くて、吹奏楽部の練習音や、生徒たちの声があちこちから聞こえるいつもの校舎だった。
たった今出てきた扉の方を振り向き、目を見開く。
そこには扉なんてなくて、ただ真っ白な壁があるだけだった。