婚約者は霧の怪異
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 おじい様は妖怪で、おばあ様は人間でした。

 おばあ様は、正体を知ってなおおじい様を愛していらっしゃいました。


 やがて2人は結ばれ、命を授かりました。

 これは、とても珍しい事で……そして種族を超えた愛とは尊い事ですけれど、悲しい問題もあったのです。


 妖怪故に不老のおじい様が正体を隠して人間の中で生きるには限界があり、お2人は相談しあった末、別々に暮らす事を決めたのです。

 そうしている間にも、お父様はどんどん成長していきます。

 おじい様はお父様の中にあるバケモノの部分だけを封じ込め、普通の人間として人間の中で生を全うさせてやってほしいと言って身を隠しました。


 やがてあなたのお父様はその事を知ることもなく、お母様と出会われ、橘さんが生まれました。

 お父様の中に封じられていた血を、それでもほんの少し橘さんが継がれ……いえ、でもそれは日常生活には支障がない程度で普通は気が付かないものです。


 ですが――……橘さんはある山での一件で霧男と縁を結ばれました。その様子を、その山で暮らしていたおじい様が見ていらっしゃいました。


 そしておじい様は、私の所へおみえになって霧男との縁を切ってほしいと依頼をされたのです。橘さんを、何も知らないまま人間として過ごさせてやりたいと。

 私は、悪縁しか切れません。お断りすると、おじい様はそのまま帰って行かれましたが……私はとても珍しいケースの依頼でしたので、少し心に引っかかって記憶に残っていたみたいです。



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「橘さんの記憶が一部抜けているのも、もしかするとおじい様が何かをされたのかもしれませんわ。推測ですけれど……縁を結んだ相手の事が曖昧になれば、何とかなるかもしれないと思われた可能性があります」


 私はただただ呆然と、その衝撃を受け止めきれずに聞いていた。

 大丈夫ですか? と縁切りさんに顔を覗き込まれて、我に返る。


「だ、大丈夫……です。こういう話もちょっと慣れてきましたし……って思ってたんですけど」


 そういえば最初に会った時に三栖斗が訊いてたらしいじゃないか。親類に人間じゃないモノがいないかって。


「橘さんのお名前を聞いてすぐに思い出せなくてすみません」

「い、いえ……。それにしても、その話だと祖父は私を寿命の長い妖怪より、人間にしたかったんですよね……?」


 そうですね、と縁切りさんが頷いた。


「当然、妖怪に比べて短い生ですけれど。人間の家族に囲まれて幸せに過ごして欲しいと思われたのでしょう」

「……そう、ですか。教えてくれてありがとうございます」

「いいえ……ただ、おじい様の行方は今は私もわからず……あいにく記憶を思い出すお手伝いはできないのです」

「や、むしろそれは思い出さない方がっ」


 縁切りさんに事情を話す。けれど彼女は頭にハテナを浮かべて、それから頬に手をあて苦笑した。


「橘さん、本当に嫌なのでしたら……あなた方の縁はいずれ黒になりますわ。少なくとも、その縁は悪いものになろうとはしていない……。おっしゃるほど、霧男の事をお嫌いではないのでしょう?」


 そんな事ない……その一言がとっさに出なかった。

 クラスメイトの一人くらいには……思ってるのかも? ……うん、そのくらいなら。
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