婚約者は霧の怪異
「それでですね、今からすることは絶対口外しないでいただきたいのですが」


 そう言って、次に縁切りさんはハサミを取り出す。それで迷いなく赤いリボンをはさみ、シャキッという音と共にハサミがリボンを巻き込んで勢いよく閉じた。

 わけもわからないまま、思わずヒヤリとする。

 固まった私を見て、彼女がクスクスと笑った。


「ほら、切れないのです」


 彼女がハサミを開き、傷もほつれもないリボンを見せる。

 赤の縁にハサミを入れた行為自体が怒られそうなので、内緒にして下さいね。と言う彼女に、私は何度も頷いた。


「今日は、橘さんに私の知っている事をお話したかったのですが……長くなってしまいましたわね」


 そう言われて時計を見ると、時刻はもうあと数分で下校時間になろうというところだった。


「いえ、話してくれてありがとうございます」

「……気を付けて、帰るのですよ」


 縁切りさんが席を立つ。私も立ち上がり、図書室を出た。彼女は――図書室の中から手を振って私を見送る。

 図書室の中に向かってぺこりと頭を下げて、踵を返した。

 見えないはずのものを見る。ずっと続いてるわけではないけど、キラキラした何かが廊下の向こうに伸びていて、その先に誰がいるのかを不思議な感覚で理解する。

 視界は良好。輝きの通りに進んでいくと、アナログゲーム部の部室の扉の前に辿り着いた。

 自らの両手を見比べて扉の前に立っていると、突然扉が開く。


「わっ!? 雛ちゃん? どうしたのそんな所で」

「わぁ!? ごめんっ」


 中から弘則と小城さん、銀河先輩と三栖斗が出てくる所だった。

 銀河先輩が、今日はもう終わりにするんだ。と言って施錠する。


「雛ちゃんも忙しそうだね。準備お疲れ様」

「あ……うん、ありがとう。こっち任せててごめんね」


 昇降口に向かう1年生組と、いつも通り理由をつけて一緒に昇降口には向かわない“バケモノ”組。私は、自分の手をもう一度見てから、どちらに行くか迷った。

 けれど「雛ちゃん?」と振り向いた弘則と小城さんに、「ごめんごめん」と駆け寄る。縁が見えてるからと言って、今話しておきたい事もないし……今日は帰ろう。


「お疲れ様でーす」


 2人が部活棟の中に残った銀河先輩達に挨拶をする。私も振り向き、もう一度集中して繋がりを見た。


 私の手から伸びているリボンが、すぐそこの三栖斗の手首に結ばれていた。

 当然だ。ずっとそう聞いていたのだから。


「……お疲れ様です」

「うん、お疲れー」


 そして確かにそれは、悪い物には見えないのだった。
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