婚約者は霧の怪異
「それにしても、あな……」


 いつも通り“あなた”と言いかけて、コホンとひとつ咳払い。


「それだけでお昼ご飯足りるの? たい焼き1枚じゃお腹すかない?」

「私は娯楽として食を楽しんでいるだけであって、あまり食べなくても身体には問題ないんだ。むしろ、君の方こそそれでは足りないんじゃないか」


 う、確かにもう一つ何か買おうと思ってたけど。例えばそこの塩焼きそばとか。

 でも男の三栖斗より私の方がたくさん食べるってなんか……買いづらいじゃない。

 そうして焼きそばの屋台を見ながらクレープをかじっていると、その視線の先を辿り、三栖斗がいつものように「ふむ」と言った。


「ではあれだ。あれをやるか。釜めしの時と同じようにアレを半分ずつ」

「ええ……」

「食べたいのだろう?」

「頭の中読むのやめてってば」

「だから君の場合は顔に書いてあるんだ」


 ぐぬぬ……とクレープを握る手に力が入る。

 溢れそうになったクリームの感触に気づき「あっ」と思った時には、私の手元に三栖斗の顔があった。

 手にこぼれるより先に彼が私の手首を掴み、ぱくりと彼の口がクリームを飲み込む。近くで「キャアッ」と黄色い悲鳴が聞こえた気がした。


「なっ……なっ」

「言いたいことはわかるが今のは仕方がないだろう」

「くぅ……!」


 不覚にも顔が火照ってしまったのがわかる。

 ぺろりと口の端についたクリームを舐め取り、それから私の顔を見てフッと吹き出す。それから残ったたい焼きのしっぽをポイッと口に放り込み、そのまま屋台の方へ歩いて行った。

 私はというと、またクリームが溢れそうになっていたので「うぐぐ」と手元を睨む。意識したら負け、意識したら負けだ。

 ええい! と勢いよくクレープにかぶりつく。


「雛芽」


 そこに三栖斗が戻って来た。その手には使い捨て容器に入った焼きそばが。
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