婚約者は霧の怪異
「ほら、先に食べていいぞ」


 クレープの最後のひと口を口の中に入れ、差し出されたほかほか湯気の立つ山盛りの焼きそばと三栖斗の顔を交互に見る。

 割り箸を2つ貰ってきたようで、1膳は三栖斗が手に持ち、もう1膳をトレーの端に置いてある。


「…………」

「君は……全く。あまり難しく考えるな。こんなに量があるとは思わなかったんだ、手伝ってくれ」

「じゃあ、味見だけ。いただきます」

「味見だけと言わずに」


 左手でトレーを支えて箸でひと口分を持ち上げる。それを空気を含みながら頬張ると、ガツンとした旨味が口いっぱいに広がり、思わず「ウン」と唸った。


「美味いか」


 咀嚼しながらコクコクと頷く。変に意地を張っていても焼きそばが冷めてしまうので、麺を飲み込み一息ついてから言った。


「冷めないうちに食べた方がいいよ。私は、別に……気にしないし」

「ではそうする」


 一緒にトレーを支えていた三栖斗の手が一瞬だけ離れ、箸を割る。それからそっと片手をトレーの下に戻し、ひと口食べて「うむ」と頷く。

 その間に私ももうひと口を。結局そうして交互に食べていく形になってしまった。


「ごちそうさま」

「君はおいしいもので釣るのがいいみたいだ」

「ぐっ」


 愉快そうに三栖斗が笑う。


「そういう一言がなきゃいいのに」

「ああいや、ふふ……すまない。私も素直じゃなかった」

「まだ笑ってる!」


 ゴミ回収所に立ち寄ってから、アナログゲーム部で借りている教室に向かって歩く。今日は部活棟は閉鎖されているのだ。

 少し早めに教室に着くと、設置した2つのテーブルはどちらも定員の上限人数でボードゲームをしているところだった。

 この時間のサポートをしている羽野川くんが私たちに気づき「次のゲームで交代しよ」と言った。別のテーブルをサポートしていた弘則もそれに頷く。

 基本的にルールがわからなくなったら説明したり、カードやゲームに使うアイテムの配布など以外は、次の人の案内をしたり呼び込みをする予定だったんだけど……。


「羽野川くん、すごい人だね」

「3卓でもよかったかもなぁ。完全に油断してた」


 羽野川くんが言うには、先週動画サイトで今やってるボードゲームの動画が投稿されて、その再生数がすごい速度で伸びているらしい。その影響だろうと言う。

 プレイする人の周りには観戦する人が結構いて、予想以上の賑わいだった。
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