婚約者は霧の怪異
「ふむ、なるほど。なるほどな……。寿命の差をわかってなお一緒になったか。そこに、どのような葛藤やそれを退ける勇気があったのだろうな」


 三栖斗は煮物のシイタケを見つめながら呟く。本当に“バケモノ”にとって人間と結ばれることはつらい事の方が多く、避けたがるものらしい。

 それでもどうしてもという者たちがごく稀に人間を例の世界にさらって、つかの間の時間を共に過ごすのだという。


「私たちは基本的に、生涯愛するのはひとりだ。愛する者を失ってからも、ずっと寂しさに心を捕らわれる」

「えっと、こんな言い方をするのも心苦しいんだけど……新しい恋はしないの?」

「……私たちの厄介なところだよ」


 直接的なイエスではなかったけれど、答えは明らかだった。


「私たちにとって愛は特別で、愛する者は生涯ひとりで、恋愛という意味においてはその者以外誰も見えなくなる。……だからこそ君のおじいさんも、諦めきれなかったのかもしれない」


 君には重いか? と三栖斗が苦笑した。
 なんと答えていいのかわからなくて、曖昧に首を捻りながら私は答える。


「愛が特別なのは、私たち人間にとってもそうだよ」

「そうか、うむ。そうだな」


 すっかり箸が止まってしまった三栖斗のお弁当箱から、銀河がひょいひょいとおかずをつまんでいくが、三栖斗はそれでかまわないらしくそれをただ優しいまなざしで眺めていた。


「嫌われてさえいなければ是非とも直接話がしたかった」

「見つけ出せば話もできるんじゃね? だって姿を隠してるだけでどこかにはいるんだろ? 雛芽のおじいさん」


 私から隠れている者をどうやって見つけろと言うんだ、と三栖斗が半分諦めたように笑った。


「……あなたって」

「ん?」


 私は端でうまく掴めないミニトマトを転がす手を止めて、ぽつりとこぼす。


「私と結ばれなくて、私の事諦めて……それで今の気持ちはずっと持ったままなの? 私が普通に人間として年をとって、死んじゃっても」

「未来の事は絶対とは言いきれないが、おそらくそうだろう」


 偶然山の中で出会って、そこからずっと会ってなかった私にどうしてそんな感情を持ってしまったんだろう。


「まあ心配はいらない」

「え?」

「私が勝つ」


 私との勝負の事を言っているらしい。ふてぶてしいくらいの態度に、少ししんみりしていた私のこの気持ちを返せとすら思う。

 銀河先輩が楽しそうに笑って「いいぞー!」と私と三栖斗両方の背中をバシバシ叩いた。
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