婚約者は霧の怪異
「う……んん……?」


 ピッピッピ、ピッピッピ……と目覚ましのアラーム音が鳴っている。

 もぞもぞと起き上がりアラームを止めて、洗面所へ向かった。夢の中の、なんだか嫌な気持ちが残っていてスッキリしない朝。

 洗面所で顔を洗い、鏡を見ながら歯を磨く。


ーー自分の姿を思い出して。鏡の中の姿を思い浮かべて。


 ……私は、橘 雛芽。どう見ても……人間。

 昨日の事も含めて全部夢だったらいいのに、そこは記憶がはっきりしてるからわかってる。昨日私は……消えかけた。


 モヤモヤが心の中に引っかかって、ずぅんと重たく感じる。

 その重たさを吹き飛ばすように、元気に「おはよう」と挨拶しながらリビングに入ると、母が少しびっくりしたように固まった。


「どうしたの雛芽? 機嫌いいじゃない」

「機嫌はよくないけど……よくないからこそっていうか」


 それを、パンをかじりながら聞いていた父がうんうんと頷く。


「雛芽、それは大切な事だぞ。落ち込みそうな時、素直に落ち込むのもいいが元気にしていれば嫌なものが逃げていくこともある。例えば相性の合わない人間との……」

「お父さん、朝からナチュラルに愚痴に持っていこうとするのはやめて」


 ぴしゃりと母が言い放つ。父は父で、悪い癖が……と頭を抱えていた。


「そうだ、ねえねえ。何年か前に弘則たちと一緒にキャンプに行ったじゃない? あの時、途中で弘則がいなくなったの覚えてる?」

「ああ、あったわね」

「あの時、結局誰が弘則を見つけたんだっけ?」


 父は「どうしたいきなり」と目を丸くしている。いや……別に……と髪をいじっていると、お母さんは苦笑して答えた。


「やあね。あの時はあんたが弘則くんを探すーって言って山の中に入っていっちゃって。お父さんも追いかけたけど2人とも見つからなくてさ。結局子供たち2人で帰って来たけど、あんたが弘則くんを連れて帰ってくるかと思ったら、弘則くんが寝落ちちゃった雛芽をおんぶして帰ってきたのよ」

「へ!?」


 そ、そうだっけ? 何やってんだ私……。

 途中で寝落ちたからあの後の事をよく覚えてないのかぁ。


「それより学校の時間は大丈夫なの?」

「あっ、ヤバ。急いで食べないと」

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