婚約者は霧の怪異
放課後、銀河に少し部活に遅れるかもしれない事を伝えると、昼休みの弘則との会話を思い出したらしく「オッケー、ごゆっくり」と親指を立てた。
「? どうかしたのか」
「ん、いや……帰りでもいいかと思ったんだけどさ。弘則にはなるべく早く言っておいた方がいいかなと思って。ずっと心配させてるし」
「……なるほど、そうか。私がついていなくていいのか?」
「うん。全部私の言葉で伝えたいの。とりあえず最初は2人で話させて」
「わかった」
三栖斗と銀河は並んで部活棟の方へ向かっていく。
私は1年生の教室の前の廊下で、壁に寄りかかって弘則のクラスのホームルームが終わるのを待つ。
しばらくして、教室の中が急にガタガタと騒がしくなり、クラスの生徒たちが廊下へ出てきた。それぞれ部活へ向かったり、家に帰るために昇降口へ向かっていく。
その中に、細長く丸められた大きな紙を抱えた弘則がいて、私と目が合うと「雛ちゃああん」と情けない声を出した。
「え、なに、それ」
「本当にごめんね! 今日俺日直で、これ生物室に返しにいかないといけなくて……! 付き合ってもらってもいい?」
「あ、うん。それは全然いいよ」
どうやらこのクラスでしばらく借りていたものらしかった。一緒に職員室に向かい、弘則が中に鍵を借りに行っている間、職員室の外に立てかけられたそれを私が倒れたり間違えて持っていかれないように見張る。
古い物らしく、少しカビっぽい臭いもした。
「おまたせ、行こう」
職員室から出てきた弘則が、パッとその荷物を持って歩き出す。
「雛ちゃんは銀河先輩のあの変化、もう慣れた?」
歩きながらの話題は、そんな他愛のないものから始まった。
「全然。今は同級生なのに、いまだに敬語を使いそうになるんだから」
「あはは。そういう面では俺の方がまだ混乱してないかあ」
あれ? 生物室ってそっちだっけ? まあいいか、迷ってる様子じゃなさそうだし。そもそも私が生物室だと勘違いしただけかもしれない。
会話を弾ませながら、私は弘則の少し後ろをついて行く。
そうして、辿り着いたのは部活棟の1階。あまり人が近寄らない廊下の奥にある、初めて来る教室だった。
「え、ここ……」
扉の上に貼り付けられた木札を見て固まる。確かに生物室で間違いなかった。
けど、生物室は生物室でも……旧生物室。
あれっ? 私、ここには近づくなって言われてたような……。
反射的に弘則に「ちょっと待って」と言った時には、もう鍵も扉も開いていて、弘則は教室の中からのんびりした声で「どうしたの?」と顔を出す。
怖がりの弘則に今、七不思議の話をするのは酷だろう。……荷物を置くだけですぐ終わる。何かあったら私が傍で護ってあげなきゃ。
そう思って扉の外側から顔だけ教室の中に突っ込んで、まずは様子を伺う。中は段ボールに入ってるものもまとめられていないものも色々壁際に寄せて置いてあり、弘則は壁際の床の上にいくつかまとめて置かれている、同じような丸い紙のところへ行きそこに持ってきた物を置いた。
その時、私の背中が強く押されーーよろけて数歩進むと同時に背後でガチャン! と扉の閉まる音が響いた。
慌てて振り向くけれど、曇りガラスの向こうに人影はない。
「雛ちゃん?」
嫌な予感がして、ドアノブを握る。ノブのツマミは、鍵は閉まっていない事を示しているのに……ドアノブがまわらない。
試しにツマミをカチャンと回して、もう一度ドアノブを握る。やっぱり、ドアノブはびくともしなかった。
「……嘘、でしょ」
「? どうかしたのか」
「ん、いや……帰りでもいいかと思ったんだけどさ。弘則にはなるべく早く言っておいた方がいいかなと思って。ずっと心配させてるし」
「……なるほど、そうか。私がついていなくていいのか?」
「うん。全部私の言葉で伝えたいの。とりあえず最初は2人で話させて」
「わかった」
三栖斗と銀河は並んで部活棟の方へ向かっていく。
私は1年生の教室の前の廊下で、壁に寄りかかって弘則のクラスのホームルームが終わるのを待つ。
しばらくして、教室の中が急にガタガタと騒がしくなり、クラスの生徒たちが廊下へ出てきた。それぞれ部活へ向かったり、家に帰るために昇降口へ向かっていく。
その中に、細長く丸められた大きな紙を抱えた弘則がいて、私と目が合うと「雛ちゃああん」と情けない声を出した。
「え、なに、それ」
「本当にごめんね! 今日俺日直で、これ生物室に返しにいかないといけなくて……! 付き合ってもらってもいい?」
「あ、うん。それは全然いいよ」
どうやらこのクラスでしばらく借りていたものらしかった。一緒に職員室に向かい、弘則が中に鍵を借りに行っている間、職員室の外に立てかけられたそれを私が倒れたり間違えて持っていかれないように見張る。
古い物らしく、少しカビっぽい臭いもした。
「おまたせ、行こう」
職員室から出てきた弘則が、パッとその荷物を持って歩き出す。
「雛ちゃんは銀河先輩のあの変化、もう慣れた?」
歩きながらの話題は、そんな他愛のないものから始まった。
「全然。今は同級生なのに、いまだに敬語を使いそうになるんだから」
「あはは。そういう面では俺の方がまだ混乱してないかあ」
あれ? 生物室ってそっちだっけ? まあいいか、迷ってる様子じゃなさそうだし。そもそも私が生物室だと勘違いしただけかもしれない。
会話を弾ませながら、私は弘則の少し後ろをついて行く。
そうして、辿り着いたのは部活棟の1階。あまり人が近寄らない廊下の奥にある、初めて来る教室だった。
「え、ここ……」
扉の上に貼り付けられた木札を見て固まる。確かに生物室で間違いなかった。
けど、生物室は生物室でも……旧生物室。
あれっ? 私、ここには近づくなって言われてたような……。
反射的に弘則に「ちょっと待って」と言った時には、もう鍵も扉も開いていて、弘則は教室の中からのんびりした声で「どうしたの?」と顔を出す。
怖がりの弘則に今、七不思議の話をするのは酷だろう。……荷物を置くだけですぐ終わる。何かあったら私が傍で護ってあげなきゃ。
そう思って扉の外側から顔だけ教室の中に突っ込んで、まずは様子を伺う。中は段ボールに入ってるものもまとめられていないものも色々壁際に寄せて置いてあり、弘則は壁際の床の上にいくつかまとめて置かれている、同じような丸い紙のところへ行きそこに持ってきた物を置いた。
その時、私の背中が強く押されーーよろけて数歩進むと同時に背後でガチャン! と扉の閉まる音が響いた。
慌てて振り向くけれど、曇りガラスの向こうに人影はない。
「雛ちゃん?」
嫌な予感がして、ドアノブを握る。ノブのツマミは、鍵は閉まっていない事を示しているのに……ドアノブがまわらない。
試しにツマミをカチャンと回して、もう一度ドアノブを握る。やっぱり、ドアノブはびくともしなかった。
「……嘘、でしょ」