婚約者は霧の怪異
 エレベーターでエントランスまで下りて駐輪場へ行くと、弘則が自分の自転車にまたがったまま私を待っていた。私の姿を確認すると手を振って、昨日と変わらない笑顔で「おはよう」と挨拶をくれる。


「おはよう。……待っててくれたの?」

「うん。一緒に行きたいなって思って」


 はっきり言わないけど、昨日のことがあったからだろう。


「うん、行こう。今日は顔色良くなってるね」

「あははは……」


 困ったように笑う弘則にも、さっき家で訊いたのと同じ事を質問してみる。


「ねえ弘則。前、キャンプに行った時の事……覚えてる?」


 ぴくっ、と弘則の肩が震えた。

 そして気まずそうに目を伏せた後、首を横に振った。


「でもね……昨日俺が言った……前にもあの人と会ったっていうの、多分その時なんだ」

「それって……」


 前にも私が消えそうになった、っていう……。


「でも、本当に……ちゃんと思い出せないんだ。何か思い出したらすぐ言うから、ごめんね」

「ううん、弘則は謝らなくていいんだよ。ありがと」


 私の中で何が起こってるかはともかく、私の体は2回消えかかってる。

 それに……消えたあの部屋。一晩経って、おかしな現象が起こっても目を背けてる場合じゃないと、冷静になることができた。


 気合い入れなきゃ。

 私は普通の人間として、今までの平穏な生活を取り戻してみせる!
< 9 / 109 >

この作品をシェア

pagetop