ねえ、理解不能【完】
「いってきまーす」
「はーい、気をつけてね」
事情なんて何にも知らないお母さんの能天気な声を背中にうけて、家を出る。
いつもに増してはやい時間だ。優等生かもしれない。
だって、昨日の今日で千草に遭遇したら、自分がどうなってしまうのか分からない。ただ、ひとつ分かるのは、絶対に前みたいには接することができないってことだ。
千草の家を通るとき、意識しないように頑張ったのに、案の定胸がぎゅうって苦しくなってしまって。
昨日の光景が頭の中で鮮明に蘇る。
触れ方、表情、合わさる瞳。忘れたいのに、忘れられるはずがないすべて。
たぶん、この恋が死ぬまで忘れない。
心の痛さに、また涙腺が刺激されて、まずい、と思う。
それから、走って千草の家が見えなくなるところまできた。
「.....はぁ、っ」
息切れとため息が混じり合って、一層心にのしかかった重圧。
私、本当に大丈夫かな。
千草が好きで好きで、すごく苦しいこと顔から滲み出ていたら、どう誤魔化せばいいんだろう。