ねえ、理解不能【完】
家が見えてきて、私と千草の歩くスピードがほんの少し遅くなったような気がした。
……気がした、だけで、きっと実際は何も変化はなくて。
ーーまだ、一緒にいたい。
なんて、ただの私の願望だ。
「明日の朝も待ってる」
「え、」
「…これからは、また一緒に行くし帰る」
「………、」
「都合悪い?」
それは、こっちのセリフな気がするよ。
広野みゆちゃんはいいの?ってぎりぎりまで出かけた言葉を舌先でまるめて隠しながら、ふるふると首を横に振る。
「じゃあ、明日」
私の家の前で千草はそう言い残して、くるりと背を向けて帰っていった。
一度も振り向くこともなく、その背中はすぐに隣の家に消える。
取り残された私は、千草の部屋をそっと見上げる。
ーー『明日の朝も待ってる』
「……あっそ」
誰もいない家の前、苦しまぎれの無意味な相槌を呟いて、今にも崩れそうな幸せを大切に胸に抱きしめながら、精一杯わらった。