ねえ、理解不能【完】
「…俺のは、幼なじみとしての好きじゃないけど、……分かってんの」
「…っ、分かってるよ、私だって、ちがう」
「ーー同じ気持ち?」
「た、たぶん、そうだよ……っ、」
千草が私とおでこをあわせたまま、目を閉じた。
長い睫毛、すらっとした鼻の筋、唇は優しく結ばれていて、千草が誰かの前でこんなに幸せそうな表情をみせる人なんだって思ってもみなかった。
ずっと隣にいても、千草が私を好きなんてまったく気がつかなかったくらいだ。
本当は、自分が思ってるより、千草について知らないことばっかりなのかもしれない。
そんなあたらしい表情をみせた千草を、今瞳にうつしているのは、世界でたったひとり、私だけ、なんだ。
それで、これから誰も知らない千草を知れるのも、私だけがいい。
「…すげー幸せ」
「……そんなの、私もだよ」
「もう死んでもいーかも」
「……は、え?……や、やだよ!」
「分かった、死なない」
千草が目を閉じたまま、柔らかくて優しい声で言葉を紡ぐ。
それから、わずかに口角をあげた千草は、なんか泣きそう、なんて私に言っているわけではなさそうなひとりごとを呟いて、ぎゅうと唇を結んだ。
一向に目を開かず瞼を閉じたままでいる千草。
もしかしたら、その目の奥にはほんの少し涙が煌めいているのかもしれない。
その涙は、
わたしのものだ。
もう迷うことなく、そう思うことができる。
今までの不安も、一方通行の苦しさも、女の子たちの噂話も、千草の瞼の奥で光ってるはずの涙たちで、消えていく。