彼女は実は男で溺愛で
「あ、あの」
なにを言っているんですか、とは言えない。
またまた〜と、茶化していい雰囲気でもない。
ただ真っ直ぐに「俺、史ちゃんが好き」。
その言葉が胸に届く。
「私、男性とお付き合い、した経験がなくて」
「うん」
彼は静かに頷く。
「だから、なんだか、怖くて」
「そうだね。さっきみたいな目に遭えば、当然だ」
穏やかな声。
彼を怖いとは思わない。けれど。
言葉を詰まらせる私に、彼は静かに言った。
「穏やかに付き合うことも、できると思うんだ」
「穏やか、に」
「そう」
見つめた先のその人は、穏やかを具現化したような人。
「少しずつ、俺を好きになってくれればいい」
「少しずつ、好きに」
悠里さんに憧れていて、もちろん大好きで。
けれど、この感情を言っているわけではないのは、私にだって分かる。
「ごめん。変な話して。もう遅い。帰ろう」
目を伏せ、立ち上がる悠里さんは、染谷さんに見えた。