彼女は実は男で溺愛で

「ごめん。それ私なの」

「え」

 静かな会議室に、確かに聞こえた声は、幻だと思いたいような内容。
 つまり佐竹さんの恋人は、村岡さん?

 理解が追いついていないのに、村岡さんは話を進める。

「悪いけど、明日からはまた1人で食べるわ」

「そんな」

 村岡さんはお弁当の蓋を閉じ、箸をしまっている。
 柚羽は黙って、下を向いたまま。

 立ち上がった村岡さんは、出口に向かってしまう。

「村岡さん!」

 やるせなくて、名前を呼んでも彼女は止まってくれない。

 扉を閉めた音が虚しく響き、寂しさが込み上げる。
 すると、柚羽はポツリと言った。

「ごめん、史乃。ひとりにしてくれないかな」

 顔を上げないままの柚羽に言われ「うん、分かった」と私も席を立ち、会議室を後にした。
 柚羽になんて声をかければいいのか、分からなかった。
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