彼女は実は男で溺愛で

 けれど。
 彼女が私のところに歩み寄ってくるのを、微動だにできず、立ち尽くす。

「どうしたの。ぼんやりして」

 楽しそうな彼女を上手く見られない。
 美しいのに、完全に女性なのに、彼女が男性の悠里さんに見えた。

 手は大きくてとても男性的だし、掛けられた声に男性の色気を感じてしまう。

 どうか、してしまったんだ。
 そう思うのに、悠里さんへのドキドキは、男性の悠里さんへのものだった。

 それでもその思いを隠し、女の子同士の買い物を楽しむ。
 decipher のショップにも行き、似合う服を選び合った。

 decipher のショップを出ると、悠里さんはこっそりと私に耳打ちをした。

「さっきの店員さん、男の時は愛想悪いのに、私には優しかったわね」

 裏話に「内緒よ」と指を口元に当て、悠里さんはウィンクをする。

 楽しいのに、彼に近づかれ心臓が騒がしくなり、彼から香る女性的な香りに胸を痛くさせる。

『悠里さん』に悠里さんを取られたような、そんな気持ち。

 馬鹿みたい。
 自分が、悠里さんを遠ざけたくせに。
< 290 / 390 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop