彼女は実は男で溺愛で

「いや、いいよ。もう少し時期を見て話せばよかった。順序立てて、逃げられないようにしてからね」

 彼の言い方に思わず「ふふ」と笑うと、「どうして笑うの」と問いかけられた。

「だって悠里さん、自分を悪者にしたいみたい」

「正義の味方は、泣かせないんじゃない」

「それは、そうかもしれないですけれど」

「ね、今日はもう諦めて一緒に眠ろう」

 彼の提案に体を揺らすと「さすがに襲わないから」と苦笑される。

「それともなにもかもを忘れて、快楽に溺れてみる?」

 冗談とも本気とも取れる言い方に、なにも返せずにいると「笑ってくれないと、本気でヤバイ奴になるから」と彼は苦笑した。

「あー。史ちゃんといると、風呂に入れない」

「入りましょう」

「一緒ならいいよって会話してみる?」

「いえ。結構です」

 変な会話をして、2人で顔を見合わせて笑う。
 悠里さんは、私の頭に自分の頭をコツンと重ねて言った。

「ね、難しく考えないで。ただの『染谷悠里』と付き合ってよ」

 ただの、『染谷悠里』。
 彼が好きで、彼のバックグラウンドを好きになったわけではないけれど。
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