彼女は実は男で溺愛で

「昨日はごめん。さすがに俺も動揺して」

 俺と言う彼に慣れない違和感を感じながら、首を左右に振る。

 適度なハスキーボイスと思っていた声は、男性のものだったのだから当たり前だ。
 男性にしては少し高めかもしれないけれど、彼の中性的な容姿には似合っている。

「もう二度と顔も見たくないと言われれば、想像上の『染谷さん』を大事にしてもらって、直接仕事を頼む件は取り消すつもりだった」

「染谷さん……」

「ハハ。君に染谷と呼ばれると、むず痒いよ」

 彼は戯けて見せて、私の返事を促す。

「もちろん、私も驚きました」

「うん」

 彼は笑みを消し、真剣な表情で私の話を聞く。

「でもやっぱり、私は悠里さんに憧れていて」

「うん。ありがとう」

「今までみたいに、お姉さんのようにお慕いしてはいけませんか」

 しばしの沈黙のあと、彼が口を開く。

「こっちの姿でそれを言われると、どう答えれば正解なのか分からないよ」

 苦笑する彼に不安になる。

「それは『悠里』に直接伝えてあげて」

「え……はい」

「じゃ、今からは切り替えて仕事の話」

 それからは本当に仕事の話しかせず、染谷さんと市村として接した。
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