甘いのは好きじゃない



 バレンタイン当日、昼頃スーパーで可愛く包装されたチョコを買い、それを持って彼の家に行く。


「バレンタイン。どーぞ」


 ビニール袋を渡しながら、部屋の中に入る。


「本当に買ってきたのかよ」
「いらないなら返品してくるよ」
「……そうは言ってない」


 いつも通り本棚に手を伸ばし、所定の位置に座る。


「なあ。なんでチョコが嫌いなわけ?」


 彼はキャスター付きの椅子に座り、私が買ってきたチョコを頬張る。


 食べるなら、文句言わなくてもよかったのに。


「甘いのは好きじゃない」
「へー……」


 聞いてきたくせに、興味なさそうな返事。


 まあ、興味を持たれても会話が広がるわけないけど。


 私はベッドサイドの床という定位置につき、漫画を開く。


「ねえ」
「なに?」


 彼に呼ばれても、漫画から視線を逸らさない。


 すると、彼は隣に座り、私の頭に手を添えた。
 そのまま彼のほうを向かせられ、唇が合わさる。


 彼がゆっくりと離れていく。


「……甘い」
「チョコ食べたあとだからな」


 彼は照れたのか、顔を見せてくれない。


 そっと自分の唇を舐める。


 ほんのりと、彼が食べたチョコの味がする。


 ……やっぱり、チョコは嫌いだ。


 でも、この甘いキスは嫌いじゃない。


 変な緊張感が漂っていたけれど、もう一度、チョコの味を確かめるように、彼とキスをした。


「君と食べるチョコは悪くない、かも」


 すると、彼はにやりと笑う。


「素直に俺とキスしたいって言えばいいのに」


 甘いのは好きじゃない私。


 でも、彼との甘い時間は、いつまでも続くといいな。
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