雨の滴と恋の雫とエトセトラ

 拓登に一緒に帰ろうと言ったその日から、距離が少し縮まったように思えた。

 運良くなのか、あれだけ出会っていた瑛太とも会わず普通に日々を過ごし、そして日曜日は拓登と駅で待ち合わせして、映画に出かけることとなったその当日のこと。

 やはりどこかでまだ力んでいるのか、鏡を見ることや服選びに時間を掛けていた。

 母はすぐに気がついたみたいだが、敢えて見てみぬフリをしている。

 何気に探りを入れたいのか、素知らぬ顔でさらりとつぶやいた。

「あの傘を貸した子かしら。あの子はかっこよかったわね。名前なんだっけ、ヤマウチ君…… ヤマノウチ君」

 傘を返しにきたとき、自分の名前を拓登は母に名乗ったのだろう。

 名前はうろ覚えでも、それに素直に反応する私の態度で図星だと感じ、それで充分だと言いたげにフフフと不気味な笑いを添えて、忙しく家事に精をだしていた。

 別に隠すことでもなかったし、少しでも母の挑発に乗りたくなかったので平常心を装う。

「そうよ、映画に行くだけだから」

 拓登は好きだけど、まだ関係はあやふやで友達としかいえない。

 それは間違ってないから、堂々と言い切ったが、母は何もかもお見通しと言いたげに「楽しんできてね」と余裕を見せ付けた。

 私の事を信頼しきってるから、ボーイフレンドができてもとやかく口を出さない人だが、抜け目がない鋭いレーダーを持ってることは誇示したいようだった。

 その辺も適当にあしらい、わざとらしく自分の腕時計を見て時間がないフリをした。

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